研究Topics

謎の粒子ニュートリノの質量解明に迫る2重ベータ崩壊

日野原 伸生 助教

原子核物理研究部門

日野原助教は、原子核物理研究部門の研究者です。先生は、2011年から渡米し海外での研究生活も長く、国際的でグローバルな研究のネットワークを構築しています。原子核物理の研究とは、原子の中心にある陽子や中性子が集団でいるときの複雑な状態を調べることを目的としています。この物理の応用としては、原子力発電、放射性廃棄物をできるだけ寿命を短くする研究、そして放射線治療などがあげられます。原子核物理は、宇宙から現実の生活まで実に幅広い重要性と、応用の可能性がある魅力的な基礎物理なのです。その中で今回取り上げるのは、素粒子のひとつであるニュートリノに関する理論研究です。キーワードは、「2重ベータ崩壊」。何やらすごそうな研究の一端を紹介します。

(2022.11.1 公開)

 

ニュートリノの質量解明に向けた基礎物理

私たちも、身の回りの物質も、すべて素粒子からできています。

では皆さん、「ニュートリノ」という素粒子をきいたことがありますか。日本人のノーベル賞受賞者である、故小柴昌俊先生(2002年受賞2020年逝去)と梶田隆章先生(2015年受賞)が取り組んでいたこのニュートリノは、放射線などで有名な放射性元素と深く関係しています。

ベータ崩壊(注1という現象は、中性子が崩壊するもので、その際にニュートリノが放出されます。ただしニュートリノは非常に透過性が高い粒子で、日常も宇宙から常に降り注いでいますが、私たちにはなんの影響もありません。なんと私たちの身体にも毎秒1兆個ものニュートリノが貫通しているんですって。

そんなちょっと不思議なニュートリノですが、質量の謎が素粒子の未解決テーマとして残っています。質量階層性問題(注2というもので、簡単に言うと、3種類あるニュートリノ同士の質量モデルの候補が2つあり、どちらが正しいのか絞りきれない状況にあります。最後の決定打が観測的に得られていないのです。そこで重要になるのが、ニュートリノが関係する2重ベータ崩壊という現象です。さきほどのベータ崩壊を同時に2回起こすことに相当します。

図1:ゲルマニウムの元素が崩壊していく様子を描いています。ベータ崩壊は崩壊した先の原子のエネルギーが高いので崩壊は起きず、二重ベータ崩壊が起こる場合の一例です。

 

ニュートリノの質量に制限をつける仕組み!

日野原助教は、ニュートリノがマヨラナ粒子(注3であると仮定したときの、2重ベータ崩壊について、専門用語の説明だけではなかなかわかりにくいテーマですが、ある原子核の崩壊について計算し、それを実験と照らし合わせると、ニュートリノの質量がわかるという原理を用いています(図2)。

図2:半減期と質量の関係を表している。数式中の色分けした四角は、青が半減期の逆数、黄色が位相因子、緑が行列要素、最後のオレンジ色がニュートリノの質量を表している

 

日野原助教は、基本的にこの数式の原子核行列要素、つまり簡単にいうと原子核の崩壊によってある原子核が他の原子核へと変わる確率(崩壊における遷移確率)を計算しています。この原子核行列要素と、「放射性元素の半減期」を比較することで、数式の残りの部分である、「ニュートリノの質量」に制限をつけることができるという仕組みです。

元素は、中央にある原子核の内部に、陽子と中性子を複数もっています。ある陽子の数に対して、中性子の数だけが違うものを同位体(注4といいます。これらは質量が異なります。たとえばゲルマニウムの安定同位体には、5種類あり、それぞれ陽子数は32で同じですが、中性子の数が38、40、41、42、44と異なります。このうち、最後のものはもっとも不安定ですが、10の21乗年(注5というケタ外れに長い時間(宇宙の現在の年齢よりもはるかに長い)をかけて2重ベータ崩壊をします。

一見、このような長い半減期を測定するのは困難に思えます。これに対して世界中で測定する元素の量をふやすなど様々な工夫をすることで、実現しようとしています。

ニュートリノがマヨラナ粒子でなくても起きる二重ベータ崩壊は実験で測定されており、日野原先生の計算した結果が、図3です。原子核行列要素の計算として、計算値と実験値の比較が載っています。

多少のばらつきはありますが、よく実験を再現する結果が得られています。今後はこれらのばらつきの原因を突き止めてより精密な値を計算したいと意気込んでいます。

図3:ニュートリノを2つ放出する二重ベータ崩壊の原子核行列要素の理論計算値と実験値の比較です。測定された半減期から導出された実験値(黒)とパラメータを変えた様々な理論計算値の範囲(赤色・水色)を示しており、右側の質量数の大きい原子核では理論計算で実験値が説明できていますが、左側の質量数の小さい原子核では理論計算値とのずれが見られます

 

用語

1)ベータ崩壊:中性子が陽子に崩壊する現象として、ベータ線という高速の電子と、反電子ニュートリノを放出する現象。

2)質量階層性問題:ニュートリノには、3つの種類があり、それぞれの質量(正確には質量固有状態)が混ざり合っているという不思議な性質を持っています。しかしこの質量固有状態のそれぞれの質量の値がわかっていません。3つのうちどれがもっとも軽く、どれが重いのかという順番もわかっていません。これを質量階層性問題と言って、素粒子標準理論の最後の課題として残っています。

3)マヨラナ粒子:素粒子はフェルミオンという物質を構成する粒子が代表的です。たとえばクォークや電子です。これらはディラック方程式というものに従っています。この理論では、粒子とその相方である反粒子という別の粒子が、異なる振る舞いをします。しかし近年、ニュートリノの不思議な性質を研究する上で、ニュートリノは粒子・反粒子が同じ、特殊な状態にあるのではないかという仮説がでてきました。この仮説に基づいて、粒子と反粒子が同じである素粒子をマヨラナ粒子といいます。

4)同位体:(ラジオ)アイソトープともいいます。放射性元素の種類の説明でよく登場します。原子番号が同じ(つまり陽子数が同じ)で、質量数が異なるもの(つまり中性子数が異なるもの)をさします。

5)10の21乗年:大きい数字の対応を列記します。10の12乗=1兆、10の15乗=1000兆、10の18乗=100京、10の21乗(英語では1ゼタ)=10垓、となるので、10の21乗年は10垓年

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