宇宙生命計算科学連携拠点

Organization for Collaborative Research on Computational Astrobiology

目的

この10数年、星間分子観測、系外惑星観測、アストロバイオロジーの様々な取り組みにより、宇宙における生命起源探究の機運が急速に高まってきています。本拠点は、計算機工学分野との連携のもと専用シミュレータを開発し、宇宙における生命の起源に関わるキープロセスを第一原理計算により探究し、宇宙生命科学のブレークスルーを創出します。本計画は、宇宙分野、生命分野、惑星分野の協働なくしては探究できない宇宙生命探究の計算科学の確立を目指すものです。

拠点

中核拠点:筑波大学計算科学研究センター(CCS)
連携拠点:東京工業大学地球生命研究所(ELSI)、神戸大学惑星科学研究センター(CPS)

参加者

22研究機関54名
天文・宇宙分野10名
生命・物質分野22名
惑星科学分野16名
計算機工学分野6名

探究課題

(1)惑星形成
ダスト形成
ガス・ダスト系力学
微惑星形成
原始惑星形成
惑星大気・海洋形成
(2)星間分子生物学
星間分子化学
アミノ酸生成過程
アミノ酸ホモキラリティ(円偏光波による不斉化)
(3)惑星生命科学
惑星大気科学
惑星分子化学
バイオマーカー(光合成、レッドエッジ)

計算手法

 N体計算
流体計算(対流、乱流)、磁気流体計算、輻射流体計算
輻射輸送計算
量子力学計算(DFT)計算

astrobiology

計画の概要

体制

宇宙分野と生命分野が密に連携して、計算科学により宇宙生命起源を探究する拠点はまだない。本拠点では、連携の中核拠点を置き、これを中心に大学拠点、研究所拠点に特任教員を配置して共同研究推進体制を作る。また、関連する観測や実験の分野および関連組織と連携をとる。本拠点は、国際共同研究拠点とする。

シミュレータ製作

宇宙・生命・惑星計算科学連携に必要な高精度N体計算、流体計算、輻射流体計算、量子計算に最適化したアーキテクチャをもつシミュレータを開発・製作する。

探究課題

星間分子生物学、惑星生命科学、星・惑星形成の3つを柱とし、これらを宇宙・生命・惑星計算科学の連携の下で大規模シミュレーションによって探究する。

(1)惑星形成

太陽系外に見つかった惑星系の多様性は、惑星形成論にパラダイムシフトを迫っている。星・惑星形成研究の革新のためには、基礎理論と大規模シミュレーションの連携が重要となる。星形成および原始惑星系円盤形成については、暴走的収縮期から降着期へのシームレスなシミュレーションが可能になりつつあり、ブレークスルーが期待される。また、流体と輻射輸送を自己矛盾なく解く輻射流体計算も実現している。惑星形成については、微惑星の成長、微惑星から惑星の形成に関する衝突系N体の高精度計算が必要になる。この計算は、スリングショットやマイグレーションなどの重要な物理過程の探究を含んでいる。また、惑星誕生後の大気形成と大気大循環は、ガスと輻射を扱った輻射流体計算によって新たな展開が期待できる。さらに、惑星大気シミュレーションと光合成シミュレーションを連携させることで、系外惑星のバイオマーカー・シミュレーションを実現することができる。
これらの研究全体に関係して、星間ダストの研究の発展が重要な鍵を握る。星間ダストは星形成においては初期段階の重要な冷却材として働き、惑星形成においては微惑星の材料となる。さらに、星間分子生成の重要なサイトとなり、宇宙空間におけるアミノ酸生成と鏡像異性体過剰に深く関係する。星間ダスト形成初期の凝縮核の形成は重元素ガスの相転移であり、そのメカニズムの解明には物質科学の最先端の理論を適用した量子計算が必要である。凝縮核からの成長は分子動力学計算によって探究される。

(2)星間分子生物学

生命体の基本分子であるアミノ酸は、実験室で作成すると左巻き(L型)と右巻き(D型)が同量生成される。しかし、地上の生命のアミノ酸は基本的にL型しか使われていない。これを鏡像異性体過剰ないしホモ・カイラリティという。鏡像異性体過剰は、19世紀のパスツール以来100年以上にわたって謎になっている。
その起源を宇宙空間に求める説がある。1969年、オーストラリアのマーチソン村に隕石が落下し、その隕石からアミノ酸が検出された。そして、1割程度の鏡像異性体過剰が発見された。2010年には、超高温の隕石からアミノ酸が発見され、大気圏通過の際に変成することなく落下することが分かった。鏡像異性体過剰は、実験をすると自己触媒作用により急速に増大する。よって、アミノ酸の鏡像異性体過剰が宇宙空間で起こり、隕石を通じて地球に運ばれ、それが地上で急速に増幅した可能性がある。また、実験室で円偏光波を当てると鏡像異性体過剰が引き起こされる(光不斉化)。近年になって、星形成領域で円偏光波が発見され、宇宙空間でアミノ酸の鏡像異性体過剰が起きた可能性が指摘されている。現在のところ、宇宙空間ではアミノ酸前駆体しか観測されていないが、将来アミノ酸そのものが観測される期待もある。
宇宙空間で、円偏光波によるアミノ酸の鏡像異性体過剰を引き起こす可能性を確かめる有力な方法が、量子化学計算である。目下、円偏光波によるアミノ酸の電子励起状態の円2色性(Circular Dichroism:CD)を時間依存密度汎関数理論(TDDFT)による量子力学計算で調べている。将来的には数10PFlops級の計算機を占有することにより、アミノ酸およびアミノ酸前駆体の陽子・電子の量子ダイナミクスを扱うことが可能になる。これにより、光不斉化を検証できるばかりでなく、アミノ酸前駆体からアミノ酸の生成機構を量子力学計算で探究することが可能となる。

(3)惑星生命科学

系外惑星におけるバイオマーカーの一つとして、光合成に伴うレッドエッジが考えられている。しかし、近赤外成分がどのような物理過程に起因するかはまだ明らかにされていない。地上植物における光合成明反応のZ機構は、クロロフィルと光化学系II、I(PSII、I)によって機能する。地上植物のZ機構は、太陽スペクトルに最適化されていることを考えると、主星の光スペクトルが変われば光合成機構も変わる可能性がある。
これを調べるために現在、TDDFT計算によって得られたクロロフィルの電気双極子を用い、アンテナ機構の光吸収率波長依存性がクロロフィルの配位によってどのように変わるかを量子計算している。将来的には、数10PFlops級の計算機を占有することにより、クロロフィルのダイナミクスを入れた光合成アンテナ機構の量子力学/分子動力学計算(QM/MM計算)が可能となる。また、光合成機構が惑星大気の化学構造にどのように依存するかも探究することができる。