研究Topics

究極の物質状態クォーク・グルーオンプラズマに迫る

大野 浩史 助教 

素粒子物理研究部門

大野先生は、世界の研究者とともに、クォークという素粒子が織りなす量子色力学(QCD)の研究を主に行っています。素粒子の間に働く力には、強い力・弱い力・電磁気力・重力の4つの基本的な力があることが分かっています。その中でも強い力は、クォークといういうもっともミクロなスケールに存在する物質に働く力であり、その理論はQCDと呼ばれています。大野先生は、このまだまだ未知の側面をもつ基礎物理学の分野に挑戦しています。とくに宇宙の特殊な天体の内部などで実現している可能性のある、究極的な物質の状態を研究しています。研究内容はなかなかハードですので、ここではごくざっくりと説明していきたいと思います

(2023.2.20公開)

 

身の回りにある素粒子クォークとグルーオンはまだまだ謎が多い物質

私たちも、身の回りの物質も、周期表にのっている元素、あるいは原子というものでできていることは、化学の授業でも習ったかと思います。この原子は、中心に原子核があり、陽子と中性子という粒たちが原子核を形成しています。陽子や中性子はさらに、それぞれがクォークと呼ばれる素粒子3つから構成されていることがわかっています。しかし、3つといっても、クォークは決して単独で取り出すことができません。この奇妙な結びつきは、強い力を媒介するグルーオンという素粒子が接着剤の役割をしているからです。クォークには色という要素があり、赤、青、緑という異なる色になって初めてグルーオンによって結びつき、陽子、中性子となります。色というのは、あくまで光の三原色のアナロジーであり、実際に色がついているわけではありません。補足すると、三原色を合わせたり(バリオン=陽子・中性子の仲間)、ある色とその補色を合わせる(中間子)と白色になるわけですが、この白色になる組み合わせしか存在しないということです。陽子と中性子の違いは、クォークの種類によります。自然界には、全部で6種類のクォークがあり、この種類の違いによって、陽子と中性子という違いが生まれます。

クォークとグルーオンで出来た他の物質として、中間子もあります。陽子、中性子、そして中間子をふくめて、ハドロンと総称します。量子色力学(QCD)とは、このハドロンの性質を理解するための理論といえます。ハドロンの典型的なサイズはおよそ1フェムトメートル(注1で、基本的に身の回りに普段あるような低温・低密度でこの状態です。クォークとグルーオンは通常、ハドロンの中に閉じ込められているけど、その中のような小さい領域では不思議なことにお互いに働く力が小さく、自由な運動をしているように振舞います。これは漸近的自由性といい、QCDの大きな特徴です。一方、高温・高密度の状態にいくと、この自由に運動できる領域が重なりあうようになり、相転移を起こします。

図1:クォークとグルーオンの変化

最終的に、クォーク・グルーオンプラズマ(QGP)というクォークとグルーオンが相互にいくつも作用し合った複雑な状態を形成します(図1参照)。このような状態が、宇宙では中性子星(注2という、特殊な天体の内部で実現していると考えられています。その他の例として重要なのは、ビッグバン直後の初期宇宙です。ここでもQGPが重要な働きをするのです。

QCDの理論は、計算するのがとても大変です。難しい点の1つは、自由度が無限にあること、もう一つは、摂動計算(注3できるのは特殊な場合のみであるという点です。言っていることがすでに難しいですね。詳しい説明は「場の理論」という物理にふれないといけないので省きますが、摂動論を使わずに計算するためには、時空間を格子状に分けた(離散化した)格子QCDというものを用いる必要があります。この計算には、大型計算機が必要不可欠であり、ここでスーパーコンピュータが活躍しているのです。

 

重イオン衝突によって明らかとなる究極の物質状態!

大野先生は、このQGPの研究を行っています。地上でも重イオン衝突実験によって実現される状態だと考えられており、こういった実験と理論を比較することで、QGPの解明を目指しているのです。重イオンとは、鉛や金の原子核のことであり、これらを光速度に近い速度まで加速器で加速して衝突させます。とくにQGPの性質を調べる上で重要となる、チャームクォークとボトムクォークという質量の重いクォークが織りなすクォーコニウムという束縛状態に注目しています。このクォーコニウムの相関関数という量を格子QCDから計算します。ところが、本当にほしいものは相関関数自体ではなく、スペクトル関数という量です。相関関数はスペクトル関数を積分することで計算できますが、困ったことにその逆、つまり相関関数からスペクトル関数を計算することは簡単ではありません。しかしこのスペクトル関数こそが、高温媒質中のクォーコニウムの情報を含んだ重要パートなのです。大野先生は、まさにこのスペクトル関数がどのようなものになるのかを計算方法を工夫することによって導くことにチャレンジしています。

図2:スペクトル関数の予想される形状

図2に示したのは、スペクトル関数の温度ごとに予想される形状の模式図です。

シミュレーションによるこれらの正確な結果は、あとで図3に示します。

ピークがたっているのは、基底状態や励起状態(注4というピンポイントの状態を示しています。一方、図の中央のように、ピークがなくなっている場合は、その状態が消失したとみることができます。

 

大野先生はこれら実験と比較できるようなスペクトル関数のモデリングを研究しています。結果は、図3のようになっています。これによって、チャームクォークについての左図では、ピーク構造が消失することを示唆し、ボトムクォークに関する右図では、相転移温度の1.5倍の温度程度までピーク構造が残ることを示唆しています。このようにQGP中におこるクォーコニウムの消失あるいは残存現象を明らかにしたのです。

図3:理論をもとに計算したスペクトル関数の波形

【用語】

  • フェムトメートル:10-15メートルのこと。
  • 中性子星:大質量の星が超新星爆発を起こしたあとにできる特殊な天体。コンパクト天体とも呼ばれ、大きさは小さいが、非常に強い重力をもっている。
  • 摂動計算:近似的な解を求める計算テクニックのこと。正確に解ける問題があるとして、そこからほんの少しだけずれた状態の解を計算するときに便利。
  • 基底状態・励起状態:原子・分子といった量子力学の系では、エネルギーが最も低い(基底)状態から、よりエネルギーが高い(励起)状態といったものが離散的に分布している。

 

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