2025年6月16日
筑波大学計算科学研究センター
概要
シャペロンは、基質となるタンパク質の折りたたみを補助する生体分子です。これまで、シャペロンが基質タンパク質をその内部空間に「閉じ込める」ことが、折りたたみを補助するメカニズムとして注目されてきました。一方、シャペロン内の化学的性質や親水性についても重要性が示唆されてきましたが、定量的な評価は行われてきませんでした。そこで本研究では、シャペロンの内の多様な化学的性質を再現した構造モデルと単一の化学的性質からなるコントロールモデルを作成し、内部における基質タンパク質の安定性を比較しました。その結果、化学的性質を再現したモデルが最も内部のタンパク質を安定化させたことから、シャペロン内の化学的多様性が折りたたみを補助するうえで重要な役割を果たすことがわかりました。
研究内容と成果
はじめに、シャペロンの立体構造を解析し、内径と化学的性質を調査しました。シャペロンの構造情報と我々の研究グループがこれまでに発表したプログラム※1基づき、シャペロンの内径と化学的性質を反映させた CEMM (Chaperonin Environment-Mimicking Model)と呼ばれる球状のモデルを作成しました。また、化学的な多様性を持たないコントロールとして、単純な親水性、疎水性のモデルも作成しました。次に、折りたたまれた立体構造が決定されているタンパク質について、分子動力学(MD)シミュレーション※2により、上記のモデル内部における立体構造を調査しました。その結果、単純なモデルと比較して、CEMMはタンパク質の正しく折りたたまれた構造を最も安定化させていました。このことから、シャペロン内の化学的性質も構造安定化に重要であることが明らかになりました。さらに、各モデル内部のタンパク質構造を詳細に解析したところ、CEMMが反映する化学的性質の多様性により、基質タンパク質との過剰な相互作用が抑制され、天然構造が安定化していることがわかりました。以上の結果から、シャペロン内の化学的多様性が基質タンパク質との適切な相互作用バランスを担保し、その構造安定化に寄与していると考えられます。
今後の展開
本研究の成果は、シャペロンがタンパク質の折りたたみを補助する仕組みについて、従来までの「親水性が機能発現の要因である」という考え方に対し、「多様な化学性質こそが構造安定化の鍵である」という新たな視点を提示するものです。今回は小型の基質タンパク質を対象としましたが、今後はより大きく複雑なタンパク質系への適用を通じて、シャペロン機能における化学的多様性の重要性を、より定量的かつ一般的に評価していく予定です。さらに、CEMMはシャペロン内部環境を低コストで再現可能な計算モデルであるため、今後は折りたたみ不全による病原性変異の予測や、環境における安定なタンパク質設計など、実用的な応用研究に発展することが期待されます。
本研究で使用した新規モデル(CEMM)とコントロールモデル(Non-PolarおよびPolar)
用語解説
- 筑波大学計算科学研究センター Web リリース (2024年10月4日):生体内の特殊な環境を計算科学的に再現するプログラムを開発
- 分子動力学計算:コンピューター上でタンパク質の「ダイナミクス」をシミュレーションする手法。生体分子を構成する原子に作用する相互作用をもとに運動方程式を数値的に解くことで、そのダイナミクスを高い時空間分解能で追跡可能。
研究資金
本研究は、科研費による研究プロジェクト(JP22J0421、JP23K16989、23H04879、23H02427、JP21K06094)の一環として実施されました。また、本研究成果は筑波大学計算科学研究センターの学際共同利用プログラム Pegasus、Cygnus(プロジェクトコード:LSC、MOBIO、BIOSIM)を利用して得られたものです。
掲載論文情報
【題 名】 Investigation of Chemical Properties within Chaperonins in Stabilizing Substrate Protein Conformations Using Biomolecular Environment-Mimicking Model
【著者名】 Yasuda. T1,2., Yoshino. O3., Shigeta. Y4., Harada. R4.
- 理工情報生命学術院 生命地球科学研究群 生物学学位プログラム 博士後期課程(投稿時)
- 日本学術振興会特別研究員(投稿時)
- 理工情報生命学術院 生命地球科学研究群 生物学学位プログラム 博士前期課程(投稿時)
- 計算科学研究センター
【掲載誌】 The Journal of Physical Chemistry Letters
【掲載日】 2025年6月14日
【DOI】 DOI: 10.1021/acs.jpclett.5c00855