プレスリリース

[ウェブリリース] 薬剤の膜透過メカニズムを解明する計算手法を提案

2022年12月28日
筑波大学 計算科学研究センター

概要

病気の原因となるタンパク質に薬剤が結合し作用するためには、薬剤が生体外から様々なステップを踏んで生体内へ取り込まれる必要があります。中でも、細胞膜を通り抜けて細胞内に侵入する過程は重要であり、この膜透過メカニズムの解明は効率よくはたらく薬剤をデザインする上で重要です。膜透過のプロセスを精度良く調べるための計算科学的手法として、分子動力学計算(MD)に期待がかけられています。MDは薬剤がどのように膜を透過するのかを原子レベルで解明する可能性を持ちます。しかし、薬剤が膜透過するプロセスをMDで観察するには秒(100 s)以上の時間スケールを必要とするのに対して、現状のMDでは長くてもマイクロ秒(10-6 s)程度のシミュレーションを行うのが限界です。そこで本研究では、計算手法を工夫することにより現実的な計算コストで膜透過のプロセスを観察することに成功しました。それにより、膜透過性を定量的に示す膜透過係数を精度良く見積もることができました。

研究内容と成果

MDで観測可能な時間の間に薬剤はごく低い確率で膜を透過します。そのため従来の手法では、長時間のMDを行って運良く膜透過プロセスが観察されるのを待つしか無く、不確実性が高く効率も良くないという問題がありました。私達のグループでは、これまで開発してきたオリジナルの計算手法(PaCS-MD(注1)、OFLOOD(注2))を活用することで、MDの問題点の解決を目指しました。これらの計算手法は①短い時間のMDを繰り返し行い、②良い初期状態を抽出する、という特徴があります。本手法では、良い初期状態、つまり膜透過しそうな構造を選び出して短時間MDを繰り返すことによって、従来の手法では観察困難な膜透過プロセスを効率よく抽出することができます。
実際に計算性能を評価するために7種類の薬剤について膜透過プロセスを抽出しました。この時、多数の短時間MDを統計的に処理することによって膜透過の効率を定量的に示す膜透過係数を算出したところ、7種類すべての薬剤について実験値と計算値が高い一致を示しました。このことから、私達の開発した手法を適用することにより現実的な計算コストで薬剤の膜透過プロセスを抽出でき、同時に膜透過係数を精度良く見積もることができることが示されました。

今後の展開

予測される研究展開としては、中分子医薬の開発に貢献することが期待できます。環状ペプチド(注3)をはじめとする中分子医薬品は、薬効が高く製造コストが低いという多くの利点を持つことから次世代の医薬品として期待されています。環状ペプチドは従来の医薬品と比べてフレキシブルな構造をとるため、分子のダイナミクスによる影響を観測できるMDを利用することで、膜透過プロセスを詳細に理解することができます。これにより膜透過性が高い環状ペプチドの評価とそのメカニズムを調べることができれば、実験に先立って創薬設計の指針を提供することができ、中分子医薬品の発展に大きく貢献することが期待されます。

図1:薬剤の膜透過プロセスは、分子シミュレーションによって評価できる。
図1:薬剤の膜透過プロセスは、分子シミュレーションによって評価できる。

 

図2:本研究で開発した計算手法の概略図。計算コストを必要とする従来法と比較して、膜透過プロセスを効率的に抽出できる。
図2:本研究で開発した計算手法の概略図。計算コストを必要とする従来法と比較して、膜透過プロセスを効率的に抽出できる。

 

用語解説

注1)PaCS-MD:短時間のMDを繰り返しながら、最適な構造を選び続けることで効率よくタンパク質の構造変化を抽出する計算手法

注2)OFLOOD:短時間のMDを繰り返しながら、未知の構造(外れ値)を探索し続けることで多様な構造を抽出する計算手法

注3)環状ペプチド:タンパク質はアミノ酸が直鎖としてつながったものであるが、アミノ酸が環状につながった化合物。生体内での安定性が高く、標的への特異性が高いことから代表的な中分子医薬品として注目されている。

研究資金

本研究は、科研費(21K06094)、住友財団(基礎科学研究助成)、筑波大学計算科学研究センター学際共同利用プログラムによって実施されました。

掲載論文情報

【題 名】 Free-energy Profiles for Membrane Permeation of Compounds Calculated Using Rare-Event Sampling
【著者名】 Ryuhei Harada, Rikuri Morita, Yasuteru Shigeta
【掲載誌】 Journal of Chemical Information and Modeling
【掲載日】 2022年12月28日
【DOI】      DOI: 10.1021/acs.jcim.2c01097
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jcim.2c01097

 

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