プレスリリース

新たな分割型イントロンを寄生性真核生物ゲノムで発見 ―イントロンの切り出し機構を使って分断遺伝子を合体―

 プレスリリース
 

2011年2月11日
国立大学法人筑波大学

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概要

筑波大学計算科学研究センターの稲垣祐司准教授橋本哲男教授の研究グループは、Giardia intestinalisと呼ばれる寄生性真核生物が、分断された遺伝子コピーをタンパク質合成直前に結合させる「分割イントロン」領域を持つことを発見しました。この研究は金沢大学、ダルハウジー大学(カナダ)の協力を得て行われ、2011年2月10日発行の米論文誌『Current Biology』オンライン版で発表されました。

すべての生物は、ゲノムと呼ばれる生命活動を行うための設計図を持っています。ここには、生命活動に必要な道具であるタンパク質やRNAを作り出すための遺伝子と呼ばれる領域があります。イントロンは、我々ヒトを含む真核生物が遺伝子内に持っており、タンパク質合成において使用されない領域です。

今回、Giardia intestinalisがある種の遺伝子をイントロンごと断片化し、イントロン部分を“のりしろ”として断片化された遺伝子を完全なものに組み立てることがわかりました。このタイプのイントロンはヒトでは見つかっておらず、副作用の無い薬剤開発に役立つ可能性があります。

 

1.背景

我々ヒトを含めた真核生物のゲノムは核膜に覆われており、生物の「基本設計図」として多数の遺伝子と、遺伝子の調節領域を含みます。生物種ごとにゲノムの大きさや構造は多様ですが、真核生物ゲノムに共通する特徴の一つは、その遺伝子中にスプライセオソーマルイントロン(以下イントロンと記述する)が存在することです。

たとえば、ヒトでは全遺伝子の85%、陸上植物シロイズナズナでは79%がイントロンを含んでいることがわかっています。遺伝子からタンパク質が合成される過程で、遺伝子のDNA配列はまず伝達RNA(mRNA)と呼ばれる中間物質にコピーされます。この際、mRNA中のイントロンはスプライセオソームと呼ばれるRNA-タンパク質複合体により取り除かれ(スプライシング)、残りの領域(エキソン)が互いに結合することにより成熟したmRNAとなります(通常型、図1左)。mRNAはイントロンの除去などが行われた後、タンパク質合成に使用されます。一般に、真核生物の遺伝子には多数のイントロンが存在するので、遺伝子→mRNA→タンパク質という遺伝情報のスムーズな伝達のために、イントロンを効率的に除去しています。

最近、多数の真核生物種のゲノムが解析されています。この過程では遺伝子の種類や数をまず理解する必要がありますが、そのためには遺伝子中のイントロンを正確に同定しなければなりません。


図1 通常型イントロン(左)と分割イントロン(右)のスプライシング

2.研究手法

単細胞真核生物Giardia intestinalis(図2)は、ヒトなどの腸管内に寄生し、血便を伴わない激しい下痢症状を引き起こします。また、この生物が最も祖先的真核生物の一つであるとの説もあり、公衆衛生上だけでなく基礎生物学において極めて重要な生物です。

我々は、Giardiaのゲノムデータと網羅的発現RNAデータを比較することで、ゲノム中の極めて遠く離れた領域に分割してコードされているタンパク質遺伝子を同定しました。その断片化した遺伝子から発現したRNAに、標識したDNA断片(DNAプローブ)を結合させ、その大きさを調べました。また、RNAを一本鎖DNAに変換した後PCR増幅すること(逆転写PCR)で、目的遺伝子のRNA塩基配列や高次構造を推定しました。これらの実験は、金沢大およびダルハウジー大から提供された材料および情報をもとに、筑波大において行われました。


図2 Giardia intestinalis光学顕微鏡写真

3.研究成果

これまでGiardiaゲノム中にイントロンを探索した研究では、わずか4つのイントロンしか見つかっていません。このイントロン数は他の真核生物のイントロン数と比べ驚異的に少なく、イントロンと真核生物ゲノムの進化を考える上で非常に重要な生物といえます。

Giardiaゲノムでは、タンパク質の立体構造調整に関わる遺伝子(HSP90)および細胞運動に関わる遺伝子(OAD)が2つもしくは3つの断片に分断され、互いに離れた領域にコードされています。標識DNAプローブを用いて目的mRNAを調べた結果、この分割化された遺伝子断片は、まず未成熟mRNAとして別々にコピーされ、その後未成熟mRNAが正確な並び順で結合し、最終的に一つの成熟したmRNAとなることがわかりました(図1右)。

ではどのように2つの未成熟mRNAが成熟mRNAに結合されるのでしょうか。逆転写PCRにより、未成熟mRNA配列から除去される領域の塩基配列を決定したところ、これまで同定されたGiardiaの通常型イントロンと同じ配列モチーフがあることがわかりました。また、この領域の塩基配列には、結合すべき未成熟mRNA同士の特異的結合を補助する役割を持つと考えられる部位も存在しました。

また、未成熟mRNAから切り出された分割イントロンの構造を調べた結果、スプライセオソームにより削除されたイントロン断片に特異的な高次構造を取ることがわかりました。この実験データとイントロンの塩基配列情報から、確かにこの分割イントロンはスプライセオソームによって切り出されると考えられます。

4.今後への期待

Giardiaゲノムには通常型と分割のイントロンがほぼ同数存在することから、Giardiaのスプライセオソームは通常型と分割を両方認識するための特殊な構造である可能性があります。分割イントロンの削除に直接関与するスプライセオソームの構成因子を標的にすることで、ヒトや家畜に感染したGiardiaを体内から選択的に駆除できる薬剤開発も可能となるでしょう。

今回Giardiaで発見された分割イントロンに似た構造を持つイントロンは、線虫Caenorhabditis elegansでたった一例の報告があります。線虫と進化的に遠縁であるGiardiaが共通して構造的に似た分割イントロンを持つという事実により、他の真核生物ゲノム中でも分割イントロンが存在することを否定できなくなりました。Giardiaにおける分割イントロンの発見を契機に、これまで想像していなかった真核生物ゲノムの複雑性が明らかになるかもしれません。

問合せ先

担当者:

筑波大学計算科学研究センター准教授 稲垣祐司(Yuji Inagaki)

筑波大学大学院生命環境科学研究科教授 橋本哲男(Tetsuo Hashimoto)

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