プレスリリース

日本が最も暑かった日-2007年8月16日の熊谷猛暑40.9℃の要因解明(新説)

プレスリリース

平成23年7月21日
筑波大学

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概要

ポイント

・2007年8月16日、埼玉県熊谷市で日本の観測史上最高気温となる40.9℃を記録しました。

・この要因は、断熱昇温によるフェーン現象「力学的フェーン」であると一般的には考えられていました。

・しかしながら、筑波大学計算科学研究センターの日下博幸研究室に所属する髙根雄也大学院生(大学院生命環境科学研究科(博士後期課程)地球環境科学専攻2年)が、熊谷猛暑のメカニズム解明に取り組んだ結果、力学的フェーンとは異なる、おもに3つのメカニズムによって記録的な猛暑となったことがわかりました。

  1. フェーンに類似しているが、それとは異なるタイプの山越え気流の現象(foehn-like wind)が発生していた。
  2. 前日までの連続した晴天が、このフェーンに似た現象を強めていた。
  3. このフェーンに似た風が、東京湾や相模湾からの海風と「収束線」を形成していた。

概要

筑波大学の髙根雄也大学院生(大学院生命環境科学研究科(博士後期課程)地球環境科学専攻2年)と、筑波大学計算科学研究センターの日下博幸准教授は、2007年8月16日に熊谷猛暑*1が起こったメカニズムについて新説を提案しました。

2007年8月16日の14時42分、埼玉県熊谷市で日本の観測史上最高気温となる40.9℃を記録しました。この熊谷猛暑は、これまで、上空の空気塊の断熱圧縮によって風下側の地上付近の気温上昇がもたらされる「力学的フェーン」が主な要因と考えられていました。

しかし髙根大学院生らは、この熊谷猛暑を引き起こした主要因は、力学的フェーンではなく、フェーンに類似しているものの、それとは異なる山越え気流の現象(foehn-like wind)であるという、従来とは異なる説を提唱しました。さらには、この猛暑が発生する前に晴天日が続いていたこと、フェーンに似た風が東京湾・相模湾海風と「収束線」を形成していたことも重要な要因となったことをつきとめました。これらは、過去11年間の観測データを用いた統計解析や領域気象モデルと、筑波大学計算科学研究センターのスーパーコンピュータ「T2K-Tsukuba」を使った数値実験によって明らかになりました。

この研究成果は、米国気象学会の学術誌「Journal of Applied Meteorology and Climatology」に受理され、現在、同学会のウエブサイトに掲載されています。

1.研究の背景

2007年8月16日の14時42分、埼玉県熊谷市で日本の観測史上最高気温40.9℃を記録しました。この極端な猛暑の主要因は、上空にある高い温位*2の空気塊が、風下側の地上付近まで下降することにより高温をもたらす「力学的フェーン」であると、複数の先行研究によって指摘されていました。しかしながら、いずれの先行研究においても、状況証拠に基づく定性的な説明しかなされておらず、定量的な証拠は示されていませんでした。そのため、この猛暑のメカニズムについては、仮説の域にとどまっていました。

2.研究手法

気象庁によって観測された過去11年間のデータを用いた統計解析、数値シミュレーション結果の解析;熊谷の昇温要因を定量的に調べる「カラム大気の熱収支解析」、山越え気流のルートを調べる「後方流跡線解析」、山越え気流の水平・鉛直構造を調べる「オイラー・トレーサー実験」、山越え気流の空気塊が保有する熱量の変化を調べる「ラグランジュアン熱収支解析」、山岳表面から供給された熱エネルギーの効果を調べる「土壌水分量の感度実験」など、定量的な解析を行いました。

3.成果の内容

2007年8月16日の熊谷猛暑(図1a)の形成メカニズムを、過去11年間の観測データを用いた統計解析や領域気象モデルと筑波大学計算科学研究センターのスーパーコンピュータ「T2K-Tsukuba」を使った数値実験によって解析しました。その結果、以下のことがわかりました。

  • (i) 8月16日の熊谷の日照時間は過去11年間の7、8月の統計値で72番目に高い値でした。したがって、日射は猛暑発生の必要条件ではありますが十分条件ではありません。
  • (ii) 上空1,500 m付近(850 hPa)の気温は過去11年間の7、8月の統計値で30番目に高い値でした。したがって、日本列島を覆うような大きなスケールでの高温は、熊谷猛暑の必要条件ではありますが十分条件ではありません。
  • (iii) 8月16日の前7日間は晴天日が持続していました。この連続晴天は土壌の乾燥化をもたらします。熊谷の風上の中部山岳域における土壌の乾燥化が、8月16日の熊谷猛暑に寄与していたことが、数値シミュレーションによって確かめられました。
  • (iv) 熊谷猛暑の際に風が通った道筋を調べると、大きく分けて高い高度からのものと低い高度からの2つの流れがあることがわかりました。高い高度の流れは力学的フェーン(図2)と考えられ、それに加えて別のフェーンの存在が考えられました。これを詳しく調査した結果、これは、空気塊が山岳地帯や平野部の大気境界層内を吹走する際に、地表面から加熱されながら、山岳の風下側に高温をもたらす現象(図3)であることがわかりました。通常の力学的フェーンの性格も併せ持ちますが、地面から加熱を受けながら空気塊が吹走する点が異なります。髙根大学院生らはこの現象を「foehn-like wind」と呼んでいます。
  • (v) このフェーンに似た、しかし物理的には異なる山越え気流は東京湾や相模湾からの海風と収束線を形成し(図1b)、相対的に冷たい海風の侵入を阻み、収束線の北側の高温を維持していました(図3)。

以上の要因の組み合わせ、特に、(iii)-(v) によって、2007年8月16日の記録的な猛暑が発生したことがわかりました。

2007年8月16日14時40分における地上気温 2007年8月16日14時40分における地上風の水平分布
図1:2007年8月16日14時40分における(a)地上気温と(b)地上風の水平分布

 

力学的フェーンの概念図
図2:力学的フェーンの概念図

 

foehn-like windの概念図
図3:foehn-like windの概念図

4.今後の予定

高根大学院生らは、現在、2011年6月24日に熊谷市で発生した39.8℃の猛暑(日本の6月の最高気温の記録を更新)についても、観測データの解析や領域気象モデルとT2K-Tsukubaを使用した数値シミュレーションによって、その原因を調査しています。

髙根大学院生を含む日下研究室のメンバーは熊谷市だけでなく、岐阜県多治見市も研究対象としています。2010年5月、筑波大学計算科学研究センターは多治見市と、共同研究の協定を結びました。多治見猛暑の実態と原因を探り、対策につなげるのがねらいです。2010年から継続的な調査を行っており、2年目となる2011年も7月から8月にかけて実地観測を行います。

観測と数値シミュレーションから猛暑のメカニズムを解明することは、暑さに対しての適切な対策を考えるために欠かせない材料となります。

5.関連情報

論文の概要|米国気象学会(AMS)
http://journals.ametsoc.org/doi/abs/10.1175/JAMC-D-10-05032.1?prevSearch=[all%3A+Takane]&searchHistoryKey=
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6.用語解説

*1 猛暑:同じ日に岐阜県多治見市でも、日本の観測史上最高気温40.9℃を記録しました。

*2 温位:上空の乾燥空気塊を断熱的に基準圧力(ふつう1気圧)にもってきたときの空気塊の温度。ポテンシャル温度ともいう(日本気象学会編、気象科学事典)

問い合わせ先

筑波大学計算科学研究センター 准教授 日下博幸(Hiroyuki Kusaka)
筑波大学大学院生命環境科学研究科 博士後期課程2年 髙根雄也(Yuya Takane)

報道担当:
筑波大学広報室
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