プレスリリース

スーパーコンピュータ「京」によるダークマターシミュレーションがゴードン・ベル賞を受賞

プレスリリース

スーパーコンピュータ「京」によるダークマターシミュレーションが
ゴードン・ベル賞を受賞

2012年11月16日

国立大学法人筑波大学
独立行政法人理化学研究所
国立大学法人東京工業大学

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概要

筑波大学計算科学研究センター、理化学研究所計算科学研究機構、東京工業大学による研究グループ(以下 筑波大グループ)は、理研のスーパーコンピュータ「京(けい)」1を用いた研究成果を、ハイ・パフォーマンス・コンピューティング(高性能計算技術)に関する国際会議SC12(米国・ソルトレイクシティ開催)で発表し、15日(米国山地標準時間/日本時間16日)、ゴードン・ベル賞2を受賞しました。「大規模計算を非常に高い実効性能で実現した」ことが受賞理由です。

受賞の対象となった成果は、約2兆個のダークマター粒子の宇宙初期における重力進化の計算です。1兆粒子を超す規模のダークマターシミュレーションは世界最大であり、専用のアプリケーションを開発した上で「京」全体の約98%を使用し、実効性能5.67ペタフロップス(1秒間に0.567京回計算)を達成しました。本研究で用いたアプリケーションは、文部科学省「HPCI戦略プログラム分野5-物質と宇宙の起源と構造(代表機関:筑波大学計算科学研究センター)」で開発されました。

日本のグループによるゴードン・ベル賞受賞は2年連続で、今回は筑波大グループの単独受賞となりました。ファイナリストには、同じくダークマター粒子の計算で14ペタフロップスを実現した米国のグループがありました。しかし、筑波大グループの計算法が優れていたため実際のシミュレーション速度では上回り、一粒子あたりの計算速度が米国グループに比べ約2.4倍だったことが評価されました。「京」のような大規模システムの開発・構築に加え、それを使いこなすアプリケーションの面でも日本が世界をリードしていることが示されました。

1. 背景

筑波大学計算科学研究センターの石山智明研究員らは、HPCI戦略プログラム分野5「物質と宇宙の起源と構造」開始当初の2011年度から、実アプリケーションによるスーパーコンピュータ「京(けい)」の性能確認を行うための最適な計算手法とアプリケーション開発を進めてきました。これまでに、宇宙におけるさまざまな物質の重力的な進化をシミュレーションすることができるTreePM法の高並列アプリケーション3を開発しました。今回、そのアプリケーションを用いて、初期宇宙のダークマター4分布の進化を、実際に「京」を使って計算を行いました。

宇宙には、普段われわれが目にする物質のほかに、質量にして5倍ほどのダークマターが存在します。ダークマターの重力進化を解明することは、宇宙の形成過程を明らかにすることにつながります。この計算は現在も進行中で、終了すると、現存する銀河のダークマターの微細構造やその成長過程が明らかになり、ダークマター粒子の観測方法の改良にもつながります。

図1 宇宙初期のダークマター密度分布

図1 宇宙初期のダークマター密度分布
明るさはダークマターの空間密度を表し、明るいところは密度が高くなっています。宇宙が生まれてすぐはほぼ一様(上段左)ですが、時間が経つにつれて(順番に右へ)重力により集まり、大きな構造が形成されていきます。zは赤方偏移の量を表し、天文学では時間や距離の尺度として用いられます。zが大きいほど過去を見ていることになり、上段左のz=400は宇宙誕生から約200万年後(1辺約5光年)、下段右のz=31は誕生から約1億年後(約136億年前、1辺約65光年)の宇宙の姿を表しています。下段の3枚はすべてz=31で、下段右の中心部を拡大したものが下段中、さらに中心部を拡大したものが下段左です。

2. 研究手法と結果

「京」全体の約98%(81,408ノード)を用いて、約2兆個のダークマター粒子の重力進化を計算しました。その結果、実効性能55.67ペタフロップス(1秒間に0.567京回の演算性能)を得ることができました(実行効率約55%)。

アプリケーション開発に用いたTreePM 法は、粒子間の重力相互作用を高速に解くアルゴリズムの一つです。この方法では、近距離力をTree 法、遠距離力をParticle-Mesh(PM)法で計算します。21世紀に入ってからTreePM法を採用したアプリケーションは世界のいくつかのグループで開発されており、これまでに、およそ1000並列度まで対応した並列化が報告されていました。今回、遠距離力の計算の際に発生する大データの通信を高速に行う新しいアルゴリズムを開発するなどの最適化を行い、少なくとも10万近い並列度まで非常に効率良く動作するTreePMアプリケーションの開発に成功しました。
開発にあたっては、研究グループ内の、理化学研究所計算科学研究機構・似鳥啓吾研究員、東京工業大学大学院理工学研究科 理学研究流動機構・牧野淳一郎教授の協力を得ました。

今回開発したアプリケーションによって、数兆個におよぶダークマター粒子の重力進化が実用的な時間内にシミュレーションできることを示しました。1兆粒子を超す規模のダークマターシミュレーションは世界最大規模であり、パソコン1台で数百年かかる計算が、「京」ではわずか3日程度で可能になりました。これは、より微細なダークマター構造を解明できることを意味しており、ダークマター粒子の探査、そして正体解明のために重要です。

米国・アルゴンヌ国立研究所のグループは、ピーク性能約20ペタフロップスの「セコイア」(米国・ローレンス・リバモア国立研究所)を使って同様なダークマターシミュレーションを行い、14ペタフロップスを実現しています。ところが、筑波大グループの「京」(ピーク性能10.62ペタフロップス)を用いた計算は米国グループに比べて実際の計算速度で上回り、一粒子あたりの計算速度が米国グループに比べて約2.4倍を記録。大規模計算をできるだけ高速に解くための非常に高度なアプリケーションを開発した点が評価され、ゴードン・ベル賞の受賞となりました。
これまでゴードン・ベル賞は、その時点で世界最高速の計算機で最高性能の実アプリケーション計算を行った場合が有利でしたが、今回はそれを覆す結果となりました。このことは、筑波大グループが開発したアプリケーションが世界を大きくリードしていることを示しています。

3. 今後の期待

本研究は、スーパーコンピュータ「京」による実アプリケーションが評価され、ゴードン・ベル賞を受賞することができました。今後の科学技術の発展に「京」が大きく寄与することを、国際的な学会が認めたことを意味します。

引き続き、宇宙のダークマター微細構造をこれまでにない精密さで解明していきます。また、今回開発したアプリケーションを、圧縮性流体のための計算法であるSPH法などのより複雑な物理を扱うアルゴリズムと組み合わせ、星形成、銀河形成など、「京」がもたらす宇宙の構造形成過程に関する科学的成果の早期創出に向けて、貢献していきます。

用語解説

*1 スーパーコンピュータ「京(けい)」
文部科学省が推進する革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の中核システムとして、理研と富士通が共同で開発を行い、2012年9月に共用を開始した、計算速度10ペタフロップス級のスーパーコンピュータ。「京(けい)」は理研の登録商標で、10ペタ(10の16乗)を表す万進法の単位であるとともに、この漢字の本義が大きな門を表すことを踏まえ、「計算科学の新たな門」という期待も込められています。

*2 ゴードン・ベル賞
ゴードン・ベル賞(ACM Gordon Bell Prize)は、計算機設計者として著名な米国のゴードン・ベル氏により、並列計算機技術開発の推進のため1987年に創設されました。米国計算機学会(ACM、1947年設立)によって運営され、毎年11月に開催されるハイ・パフォーマンス・コンピューティング(高性能計算技術)に関する国際会議SCで、並列計算の科学技術への応用で最も優れた成果を上げた論文に与えられます。

*3 高並列化アプリケーション
並列数の高い計算機で効率よく実行できるプログラムです。

*4 ダークマター
重力相互作用だけが働く物質で、素粒子としての正体は解明されていません。宇宙初期に存在したダークマターの密度揺らぎが重力相互作用により成長して、至るところにさまざまなサイズの天体を形成し、その中で陽子や中性子といった通常物質を集め、現在の宇宙で観測される銀河のような構造を作ってきたという理論「低温ダークマターモデル」があります。これが、宇宙の構造形成を記述する標準的なモデルとして広く受け入れられています。

*5 実効性能
理論性能であるピーク性能に対して、あるアプリケーションを実行したときの計算性能を実効性能といいます。計算機の実質的な性能とされます。

論文

Ishiyama, T., Nitadori, K., Makino, J., 4.45 Pflops Astrophysical N-Body Simulation on K computer – The Gravitational Trillion-Body Problem, accepted in Proceedings of the 2012 ACM/IEEE conference on Supercomputing (SC12), Salt Lake City, Utah, USA, Nov 2012 (ペタフロップスの値は論文執筆当時)

問い合わせ先

国立大学法人筑波大学 計算科学研究センター 広報室 吉戸智明
TEL:029-853-6260 FAX:029-853-6260 E-MAIL:pr [at] ccs.tsukuba.ac.jp

報道担当:
独立行政法人理化学研究所 計算科学研究機構 広報国際室
TEL:078-940-5625 FAX:078-304-4964 E-mail:aics-koho [at] riken.jp
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715
国立大学法人東京工業大学広報センター
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