プレスリリース

シリコン結晶中でレーザー光により励起される電子運動の実時間観測に成功

プレスリリース

2014年12月11日

国立大学法人筑波大学

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研究成果のポイント

  1. 半導体中の電子が光によって励起する様子を実時間で観測することに世界で初めて成功しました。
  2. スーパーコンピュータを用いた理論解析により、電子が励起されるプロセスが量子トンネル現象により起きていることを明らかにしました。

国立大学法人筑波大学数理物質系の矢花一浩教授と大学院生の佐藤駿丞は、ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン、カリフォルニア大学バークレー校、ローレンスバークレー国立研究所との共同研究により、半導体中の電子が光によって励起する様子を実時間で観測することに世界で初めて成功しました。最も基本的な半導体であるシリコンの結晶に極めて短いレーザー光を照射し、電子がバンドギャップを越えてどれくらい素早く励起するのかを、アト秒分光法(アトは10-18)を用いて観測したものです。

本研究において矢花教授らは、スーパーコンピュータを用いた理論解析を担当し、電子が励起されるプロセスが量子トンネル現象により起きていることを明らかにしました。この研究成果は2014年12月12日(日本時間)に、米科学誌『サイエンス』で公開されます。

1.背景

 半導体物質中の電子は、普段は原子に束縛されており、動いたり電流に寄与したりすることはできません。しかし、半導体に光が照射されると、一部の電子が光エネルギーを吸収し、束縛から解放されて(バンドギャップを越えて)物質中を移動できるようになります。これら自由に動くことができるキャリア電子により、半導体は導電性を持ち、電圧を加えれば電流が流れるようになるのです。この性質を利用すると、エレクトロニクスの中心素子であるトランジスタのように、光が照射されるときだけ電流が流れるスイッチとして働かせることが可能になります。

 光による導電性の変化は100年も前から知られていましたが、あまりに速く起こるため、その変化の様子を直接観測することはできませんでした。

2.研究手法と結果

 筑波大学、ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン、カリフォルニア大学バークレー校、ローレンスバークレー国立研究所の研究者からなる国際研究チームは、半導体中の電子の励起過程を調べるために、カメラのフラッシュに似た瞬間的で強烈な光を使った「ストップウォッチ」技術を用いました。まず、レーザーから発生した可視光の非常に短くて強いパルス光をシリコン結晶に照射し、電子の励起を引き起こします。続いて、さらに短い数十アト秒のX線パルスを照射して、はじめのレーザーパルス光によって電子が励起する過程のスナップショットを撮影しました。

 従来、光が照射された半導体では、異なる時間スケールで起こる2つの現象があると考えられて来ました。最初に起こるのは、電子が光エネルギーを吸収して励起する過程です。この過程はあまりに速く起こるため、原子は動くことができません。本実験で、電子の励起によりシリコンのバンドギャップが、光の照射後450アト秒以下の極めて短い時間で変化することがわかりました。その後に起こるのは、電子が励起したことによって原子が再配置する過程で、これにより光エネルギーの一部が熱に変わります。本実験では、この過程が50~70フェムト秒(フェムトは10-15)の時間で起こることが観測されました。このように、2つの過程を明瞭に区別して測定することが可能となりました。

 実験では、ナノメートルの微小な世界で電子がどのように動いているのかを直接観測することができません。電子が励起されるメカニズムを理解するためには、計算機によるシミュレーションが有効です。
筑波大学数理物質系/計算科学研究センターの矢花一浩教授と大学院数理物質科学研究科博士後期課程1年の佐藤駿丞は、スーパーコンピュータを用いた第一原理計算によるシミュレーションで、レーザーパルス光により電子が励起される様子を時々刻々と調べ、実験で見られる励起プロセスの特徴を再現することに成功しました。そして、電子の励起が量子の世界で普遍的に見られる現象である量子トンネル過程で起きていることを明らかにしました。図1は、電子の密度分布が光の照射中、照射後に、どのように変化するかを計算した結果です。

 上記の実験と計算機シミュレーションにより、最も基本的な半導体であるシリコンにおいて、光の照射により極めて短い時間で電子がバンドギャップを越えて励起される様子を初めて明らかにしました。

図1 半導体に光を照射したときの電子密度分布の変化 シリコン結晶にレーザーパルス光を照射し(上)、電子密度分布の変化を追いました(下)。左は照射中、右は照射後の電子密度の変化を表しています。赤い領域は電子密度が増加したことを、青い領域は減少したことを示しています。

図1 半導体に光を照射したときの電子密度分布の変化
シリコン結晶にレーザーパルス光を照射し(上)、電子密度分布の変化を追いました(下)。左は照射中、右は照射後の電子密度の変化を表しています。赤い領域は電子密度が増加したことを、青い領域は減少したことを示しています。

3.今後の期待

 本研究の光実験技術により、これまであまりに速くて測定することができなかった固体物質中の電子の運動を直接撮影することが可能になりました。また、計算機シミュレーションの方法を用いることで、ナノメートルサイズの空間領域で起こる固体物質中の電子の運動を調べることができました。最先端の光科学と計算科学が協力することにより、物質中で起こる様々な超高速現象を解明していくことが可能になるでしょう。

掲載論文

M. Schultze, Krupa Ramasesha, C.D. Pemmaraju, S.A. Sato, D. Whitmore, A. Gandman, James S. Prell, L. J. Borja, D. Prendergast, K. Yabana, Daniel M. Neumark, and Stephen R. Leone, “Attosecond band gap dynamics in Silicon”, Science, 12/12/2014, DOI: 10.1126/science.1260311
(題目和訳:シリコンのアト秒バンドギャップ・ダイナミクス)


用語解説

※バンドギャップ

半導体や絶縁体において、電子は普段、動くことができない価電子帯にいます。ある値より大きいエネルギーを電子に与えると、動くことができる伝導帯に移動します。電子は、価電子帯と伝導帯の間のエネルギーを持つことは許されず、これらの二つの帯(バンド)の隙間をバンドギャップと呼びます。電子を価電子帯から伝導帯に移動させるために必要な最低のエネルギーを、バンドギャップ・エネルギーと呼びます。

問い合わせ先

矢花一浩(やばな・かずひろ)
筑波大学 数理物質系/計算科学研究センター 教授
TEL:029-853-4202
E-mail:yabana[at]nucl.ph.tsukuba.ac.jp

報道担当:
筑波大学計算科学研究センター広報室
TEL:029-853-6260 FAX:029-853-6260
E-mail:pr[at]ccs.tsukuba.ac.jp

関連ページ

Scientists measure speedy electrons in silicon(カリフォルニア大学バークレー校によるリリース)