プレスリリース

SiC/SiO2材料の境界面に生じる負の電荷の原因を解明-次世代パワーデバイス設計指針を計算科学によって構築-

プレスリリース

平成24年6月8日
筑波大学
つくばイノベーションアリーナナノテクノロジー拠点運営最高会議
つくばパワーエレクトロニクスコンステレーション(TPEC)

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ポイント

筑波大学計算科学研究センターの神谷克政助教と白石賢二教授を中心とする研究グループは、SiC/SiO2材料の境界面に生じる「負の固定電荷」の原因を解明しました。SiCは、省エネルギー社会実現の決め手となる次世代パワーデバイス(電力用半導体素子)開発に、最も適した材料と考えられています。ところが、表面にSiO2絶縁膜を形成させると、負の固定電荷が発生してしまう問題がありました。今回、その発生原因を解明したことで、SiCによるパワーデバイス開発に大きなブレークスルーを与えることができました。

筑波大学計算科学研究センターは、わが国のナノテクノロジー拠点であるつくばイノベーションアリーナ(TIA-nano)の中核機関であり、TIA-nanoの中でパワーデバイス開発を担当するコンソーシアム、つくばパワーエレクトロニクスコンステレーション(TPEC)にも参加しています。神谷助教らの研究グループは、筑波大学計算科学研究センターのスーパーコンピュータ「T2K-Tsukuba」を用い、最先端の計算科学手法「第一原理計算」により、SiC材料表面での化学反応過程を明らかにしました。この研究成果は、米学術誌「Applied Physics Letters」の100巻21号に掲載されました。

1.研究の背景

次世代の省エネルギー社会のあり方として期待される「スマートシティ*1」構想の実現には、画期的なパワーデバイス*2の実現が不可欠と考えられています。パワーデバイスは、送電線から送られる何万ボルトにも及ぶ電圧を、家庭や工場で用いる100 V程度の電圧に変換するときに主力となるデバイスです。家庭内でも近年、インバータ型エアコンの出現で省エネが進んだことはよく知られています。このインバータこそが、パワーデバイスの最も身近で典型的な例です。

省エネルギー社会実現のために不可欠なパワーデバイスですが、その材料には検討の余地が残されています。現在、主流となっているのはシリコン(Si)材料です。しかし、最もパワーデバイスに適した材料と考えられているのは、高い電圧耐性、高い熱伝導度をもつ炭化ケイ素(SiC)です。そのため、SiC材料で構成するパワーデバイスの研究・開発が盛んに行われています。SiをSiCに変えることで極めて高い省エネルギー効率が得られ、今後の超省エネルギー型スマートシティの実現に大きなブレークスルーを与えると考えられています。

パワーデバイスの中心となる「電界効果トランジスタ(MOSFET)」は、図1に示すように電子を取り出す「ソース」、電子が流れる「チャネル」、電子を受けとる「ドレイン」、それに電圧をかけて電子の流れをオン/オフする「ゲート」電極から構成されています。これまではソース、ドレインともにSi材料が用いられ、ゲート電極の下には電極から電流が下地に流れ込んでこないようにする絶縁膜として酸化ケイ素(SiO2)が用いられてきました。「チャネル」材料をSiからSiCに転換することで、大きな省電力効果が得られると考えています。

ところが、SiをSiCに変えたうえで絶縁膜であるSiO2を熱酸化によって形成するとき、大きな問題が生じることが知られています。代表的なSiCの熱酸化方法として、水によって酸化を進めるウエット酸化があります。酸化が速いために量産性の点で適していますが、この方法によって形成されたSiC/SiO2界面には、大量の負の固定電荷が生じます。これがSiCを材料とするMOSFETの特性を悪化させ、その実現を阻んできました。負の固定電荷が発生する原因を解明してそれを抑制することは、SiC材料によるパワーデバイスの実現にとって重要な課題の1つですが、20年近く未解明のままでした。

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図1 電界効果トランジスタ(MOSFET)

2.研究成果

筑波大学計算科学研究センターの神谷克政助教と白石賢二教授を中心とする研究グループは、上記の問題を解決するために、最先端の計算科学手法「第一原理計算」を用いて、原子レベルでSiCのウエット酸化過程で何が起こっているのかをスーパーコンピュータ「T2K-Tsukuba」の中で再現しました。その結果、SiC/SiO2界面に生じる負の固定電荷の原因を世界で初めて解明し、SiC材料で構成される次世代パワーデバイスの実現に大きなブレークスルーを与えました。

SiCが酸化されてSiO2絶縁膜になる際、余った炭素(C)原子がSiO2側に放出されます。放出されたC原子はウエット酸化で用いられる水に含まれる水素原子の影響によって、負の電荷をもつ炭酸イオン(CO3イオン)としてSiO2絶縁膜中に残ります。図2に示すように、SiO2中のC不純物の周囲のSi-O-C結合を水素原子がアタックすると、負電荷をもつ炭酸イオンが形成され、SiC/SiO2界面は負に帯電してしまうのです。

このように、SiC材料で構成されるMOSFETの負の固定電荷の原因が、水素原子の影響による炭酸イオンの形成であることが解明されました。この成果は、米国の学術誌「Applied Physics Letters」100巻21号に掲載されています。

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図2 SiO2中のC不純物の水素の影響による炭酸イオン化
新しい原理から得られるSiCパワーデバイス設計指針。SiCの熱酸化後に水素原子の残存量を低減することで、炭酸イオン(負電荷の起源)の形成を抑制できる。

3.波及効果と今後の展開

負の固定電荷の原因解明は、今後のSiCパワーデバイスの実現に大きな指針を与えることになります。SiC-MOSFETの技術が本研究成果により飛躍的に向上し、SiCパワーデバイスがインフラとして社会に本格的に普及し、スマートシティ実現に多大な貢献をすることが予想されます。今後の省エネルギー社会実現には、パワーデバイスに最も適した材料によるデバイスの実現がキーとなります。

4.TIA-nanoとTPEC

TIA-nano 世界水準の先端ナノテク研究設備・人材が集積するつくばにおいて、世界的なナノテクノロジー研究・教育拠点構築を目指しています。内閣府、文部科学省及び経済産業省からの支援を得て、産業技術総合研究所、物質・材料研究機構、筑波大学、および高エネルギー加速器研究機構が中核機関となり、産業界とも連携した取り組みです。2009年6月に中核機関の代表者及び日本経済団体連合会による共同宣言により誕生しました。

TPEC TIA-nanoを活用してパワーエレクトロニクス・オープンイノベーションの推進を目指す民活型の共同研究体です。2012年4月に発足しました。パワーエレクトロニクスに関連するわが国のグローバル企業が研究開発資金の大半を賄うことで、パワーエレクトロニクスのオープンイノベーション拠点を自立的に運営しています。研究開発と同時に、優秀な人材育成も行います。

5.用語解説

*1 スマートシティ
太陽光や風力など天候によって電力供給が左右される発電を利用する場合に、電力供給量に応じて都市全体としてエネルギー消費量を自動的に制御するシステム。自然エネルギーを用いた発電による社会の実現には不可欠です。

*2 パワーデバイス
発電所、電車、自動車などにおいて電圧変換、直流-交流変換に用いられるデバイス。パワーデバイスの損失の低減が、将来の省エネルギー社会実現へのキーとなります。

6.関連URL

筑波大学計算科学研究センター 量子物性研究部門

つくばイノベーションアリーナ

問い合わせ先

白石賢二
筑波大学計算科学研究センター/数理物質系教授
TEL 029-853-5911 E-mail:shiraishi [at] omas.frsc.tsukuba.ac.jp([at]を@に変えてください)
神谷克政
筑波大学数理物質系助教
TEL 029-853-5922 E-mail:kkamiya [at] comas.frsc.tsukuba.ac.jp([at]を@に変えてください)

報道担当:
筑波大学計算科学研究センター広報室
TEL 029-853-6260 E-mail:pr [at] ccs.tsukuba.ac.jp([at]を@に変えてください)
筑波大学広報室
TEL 029-859-2040 FAX 029-859-2014