プレスリリース

必須アミノ酸「トレオニン」生合成の最終過程が明らかに-スーパーコンピュータで網羅的に反応経路を探索

掲載情報:QLifePro医療ニュース(3/26)

プレスリリース

2014年3月14日

国立大学法人 筑波大学
学校法人 大阪医科大学

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必須アミノ酸「トレオニン」生合成の最終過程が明らかに
-スーパーコンピュータで網羅的に反応経路を探索

概要

筑波大学数理物質系の庄司光男助教と大阪医科大学総合教育講座の林 秀行教授らによる研究グループ(以下筑波大グループ)は、筑波大学計算科学研究センターのスーパーコンピュータ「T2K-Tsukuba」など※1を用いて「トレオニン」生合成の最終過程の反応経路を初めて解き明かしました。

トレオニンはヒトの体内で作り出すことができない必須アミノ酸です。植物や大部分の微生物はトレオニンを多段階の複雑な反応経路で合成しており、その最終過程では、トレオニン合成酵素による酵素反応が行われています。この反応には“生成物支援触媒”という特徴があり、生成物の1つであるリン酸イオンがトレオニン生成反応を飛躍的に増大させています。この特徴は実験的には証明されているのですが、実際にどのような経路で反応しているのかがわかっていませんでした。

トレオニン合成酵素が関わる複雑な反応機構を探るためには、スーパーコンピュータを用いた高精度量子力学計算法※2が有効です。筑波大グループは、高並列計算によって網羅的に反応中間体と反応経路の探索を行い、生成物支援触媒の仕組みを初めて明らかにしました。この研究成果は、国際論文誌「Journal of the American Chemical Society」ウエブ版に3月13日(現地時刻。日本時刻14日)付けで掲載されました。

1.背景

酵素は、生体内において生命現象に不可欠な化学反応を支えており、効率的に物質変換とエネルギー変換を行っています。また、様々な調節機構により情報伝達や反応制御を行っており、極めて洗練されたシステムを構築しています。このような酵素の仕組みを解明することは、生物学や化学だけではなく、農学、医薬品開発など多くの分野への応用が期待できるため極めて重要です。

多くの酵素反応のうち、加水分解酵素など比較的簡単な反応については解析が進み、電子レベルでの反応機構が議論されるようになっています。しかし、より複雑な酵素反応においてはまだその水準に達していません。

トレオニン合成酵素(ThrS:threonine synthase)は、トレオニン生合成の最終過程である ホスホホモセリンからトレオニンを生成する段階を触媒しています。ThrSの反応は実験的解明が進んでおり、多段階の位置特異的かつ立体選択的反応過程が含まれ、さらに反応副成物のリン酸イオンがその後の反応制御に関わる“生成物支援触媒”機構をもつことが明らかにされています※3。しかし、ThrSの反応には他に「補欠分子族」と呼ばれる分子が関わるため反応中間体の特定は難しく、これまでThrSの反応機構、とくに反応制御の分子メカニズムは明らかになっていませんでした。

2.研究手法と結果

酵素における反応機構を明らかにするには高精度量子力学計算法のひとつであるQM/MM法が有効です。しかし、トレオニン合成酵素反応では多くの不確定要素、たとえば活性中心におけるプロトン化状態、水素結合ネットワーク、水の存在様式などがあるため、理論計算による検証には非常に多くの計算と、それを現実的な時間で可能にする計算の高速化が必要とされていました。

筑波大グループはスーパーコンピュータ「T2K-Tsukuba」を用いて並列計算(256~1024並列)の効率化に取り組んだ結果、高速計算が実行できるようになりました。それにより、ThrSにおける反応特性決定過程に重要な反応におけるすべての反応中間体と反応経路について理論検証を行うことができました。トレオニン生成経路のCβ水酸化反応、Cαプロトン付加反応、イミノ基転移反応を明らかにし、副反応を抑えてトレオニン生成が特異的に進行することを説明しました。

計算により得られた自由エネルギーやUVスペクトルといった化学的性質は実験結果と非常に良く一致し、計算の妥当性が確認できました。さらに選択的なトレオニン生成が、リン酸イオンと生成物の間に作られる特定の水素結合によりもたらされていることを解明しました。

トレオニン合成酵素の計算モデル全系 反応が行われる場所の拡大図

図 左はトレオニン合成酵素の計算モデル全系。溶媒水(薄い紫)の中にトレオニン合成酵素が浮かぶ。右は反応が行われる場所の拡大図。重要な部分だけ、正確だが計算量が大きい量子力学計算を行い、それ以外は、正確さは欠けるが計算量が小さい古典力学計算を行う(QM/MM法)。

3.今後の期待

トレオニン合成酵素における生成物支援触媒の仕組みが明らかになったことで、酵素反応の学術的理解が進むのみならず、酵素や精密有機合成における効率的反応進行や主反応・副反応の制御に応用していく上で極めて重要な示唆を与えることができたと考えています。それにより、新薬開発への発展も期待されます。

また、スーパーコンピュータを利用することでリアリステックな計算モデルを用いることができ、実験結果と多くの対応がつけられるようになった点も極めて先進的です。今後はより多くの実験結果と比較検討していくことで、理論計算の正確さと理論的アプローチの有用性の向上に取り組みます。

近年、計算機性能は目覚ましく向上しています。計算科学的アプローチは、今後、より短時間でより膨大な探索を行うことが可能になります。生命現象が分子レベルで詳しく解明されていくのみならず、化学、材料、医療分野での革新的進展に貢献できると期待されます。

用語解説

※1 スーパーコンピュータ
主にT2K-Tsukubaを利用。ほかに筑波大学計算科学研究センターのHA-PACS、東京大学物性研究所のスーパーコンピュータ、東京大学情報基盤センターFX10を利用した。

※2 高精度量子力学計算法
原子の世界を支配する法則である量子力学を用いた計算法。計算モデル全体に適用すると計算量が膨大になるため、重要な中心部だけ量子力学計算を行い、それ以外は古典力学を用いたQuantum mechanics/ Molecular Mechanics(QM/MM)法が開発された。QM/MM法は、2013年ノーベル化学賞の受賞対象となった計算手法である。

※3 T. Murakawa, et. al, J. Biol. Chem., 286, 2274 (2011)

掲載論文

タイトル:A QM/MM study of the L-threonine formation reaction of threonine synthase: Implications into the mechanism of the reaction specificity
(タイトル和訳: トレオニン合成酵素におけるL-トレオニン生成反応のQM/MM計算-反応特異性の仕組みについて)

著者:Shoji, M.; Hanaoka, K.; Ujiie, Y.; Tanaka, W.; Kondo, D.; Umeda, H.; Kamoshida, Y.; Kayanuma, M.; Kamiya, K.; Shiraishi, K.; Machida, Y.; Murakawa, T.; Hayashi, H.,

掲載誌: the Journal of the American Chemical Society.

問い合わせ先

庄司光男(しょうじ・みつお)
筑波大学 数理物質系/計算科学研究センター 助教
E-mail:mshoji [at] ccs.tsukuba.ac.jp

林 秀行(はやし・ひでゆき)
大阪医科大学 総合教育講座化学教室 教授
E-mail:hayashi [at] art.osaka-med.ac.jp

報道担当:
筑波大学計算科学研究センター広報室
TEL:029-853-6260 FAX:029-853-6260
E-mail:pr [at] ccs.tsukuba.ac.jp