研究Topics

筑波山で100年続く気象観測と計算科学

rep-v1-2

日下准教授

関東平野唯一の独立峰、筑波山。日本百名山にも数えられるこの山の男体山山頂には、長い歴史をもつ気象観測施設があります。2016年、筑波山神社と筑波大学計算科学研究センターによる共同気象観測所として生まれ変わったこの施設。いったい何を観測しているの? どう活用されているの? 計算科学やスーパーコンピュータとの関係は? CCS Reports! 第一弾は、筑波山と CCS の関係に迫るべく、地球環境科学研究部門の日下博幸教授にお話を伺いました。
(取材日:2016.4.15)

地球環境科学研究部門 日下博幸(くさか ひろゆき)教授

筑波山の気象観測所ってどんなとこ?

 筑波山山頂で気象観測が始められたのは、1893年(明治26年)。現在の気象庁にあたる、中央気象台の冬季観測から始まりました。その後、1902年(明治35年)に通年の観測が開始されて以降、2001年(平成13年)12月に、気象庁のアメダス(地域気象観測システム)観測地点の統廃合によって閉鎖されるまで、継続した気象観測が行われてきました。2006年からは、筑波大学の学内プロジェクトとして観測が再開し、2012年に計算科学研究センターの研究プロジェクト「筑波山プロジェクト」として引き継がれました。
2016年3月末に、名称を「筑波山神社・筑波大学計算科学研究センター共同気象観測所」と改め、観測機器を更新して観測を続けています。
(詳しくは「筑波山プロジェクト」のページをご覧ください)

———— 2016年3月末に、筑波山(男体山)山頂にある気象観測所(正式名称:筑波山神社・筑波大学計算科学研究センター共同気象観測所)の観測機器が新しくなりました。筑波山ではどんな観測をしているのですか?
測っているのは、気温、地温、湿度、気圧、日射、降水量です。普段は風向、風速も観測していますが、これは今、観測器の調整中なので、データ公開を控えています。

———— 観測機器が新しくなったことで、何か変わったことはあるのでしょうか?
より良くなった、とかですよね? 基本的にないですね。

———— あれ? そうなんですか?
精度も変わってないです。むしろ精度を維持することが、もっとも重要なんです。
よく、こういう観測機器を設置したり、リニューアルしたというと、「こんな良いことが増えました」みたいな感じで言われるけれど、この場合はそうじゃなくて。気候変動の監視だとか、天気予報のためのデータとして、なくなっては困るので、維持することが大事なんです。
今、日本中で気象観測所は減らされているんです。どんどん減っていく中で、筑波山のデータは貴重だから、無くしたくない。だから、観測機器の更新をしたりして、精度を維持して観測を続ける取り組みをしているわけです。
筑波山では、もともと気象庁が観測を続けていました。だから、気象庁の観測とかなり近いレベル、同じ測器、同じ精度を目指しています。そういう意味では、昔の気象庁の時代よりは精度が良くなっている観測項目もありますね。今の気象庁の精度に遜色ないレベルで観測をしています。

———— なるほど。観測そのものや精度を維持することが大事なんですね。しかし、大事な観測地点なら、なぜ気象庁は閉めてしまったのでしょうか・・・?
それは・・・、当時の気象庁の方にしかわらかないですね。ただ、山に登って毎日通勤とか、メンテナンスするのが大変だとか、予算・人員のコスト面の問題もあったかもしれないですね。

———— そうですよね・・・。今回の観測機器リニューアルも大変そうでした。
気象庁では、気象庁が取った観測データを使って、スーパーコンピュータで数値計算(シミュレーション)をして天気予報をしています。それ自体には、筑波山の観測データは入っていません。一方で、気象庁が出した数値予報(シミュレーション結果)を見ながら天気予報をする気象予報士の人たちは、筑波山の気象データがすごく大事だと言います。他の閉まってしまった観測地点に比べても、筑波山は重要だと考えている人もいます。
2016年3月に新しくなった日射計

(写真:2016年3月に新しくなった日射計)

 というのも、関東平野では筑波山のような高いところは他にないので、筑波山は上空の大気の状態をリアルタイムで知ることができる貴重な観測地点なんです。例えば関東上空の気温情報は、関東で降るのが雨になるのか、雪になるのか、という雨雪の判断に非常に大事なんです。だから、予報士の方たちは筑波山の気象データを重視しているんですね。

———— 身近な天気予報にも大事なんですね。他に、100年以上続く気象観測の積み重ねがある、ということも貴重なんですよね。
気候変動の研究をする場合は、筑波山のデータは100年前と今の観測データを直接比較することができるので、貴重ですね。地球温暖化と言われているけれど、どれくらい気温は上がっているのか? など、観測データで研究できますから。筑波大の前任者は、筑波山の観測データを気候変動の研究に活用していました。今もデータを公開しているので、過去の気候と現在の気候を比較する研究に活用してもらえます。

僕はどちらかというと、今とっているデータを使っていて、関東地方で発生するいろいろな気象現象の仕組みを理解する、というように基礎研究に使っていますね。

筑波山の気象データと計算科学の深〜い関係

———— 日下先生は計算科学研究センターの所属ですが、筑波山の気象観測データは、スーパーコンピュータや計算科学とも関係があるんですか?
まず、スパコンでシミュレーションするといっても、大前提としてそのシミュレーションが“適切”でないといけないわけですよね。つまり、シミュレーションの結果が観測の結果と合っていないといけません。気象学では、シミュレーションモデルが観測の結果を再現できるか、をちゃんと検証することがとても大事なんですけど、このモデルの検証の時に、観測データと照らし合わせることが非常に重要なんです。その時に、地上のデータだけ合っていてもダメで、上空の状態も合っていないとダメなんですね。
上空の状態を知る方法として、普通は“高層ゾンデ”といって、大きな風船のようなものを上げて測るんですけど、それって1日2回しかやらないんです。1日2回つくばで気象庁が観測しているんですけど、これだけだと、関東平野に12時間ごとのぽつんぽつんとしたデータがあるだけです。12時間の間に急激な変化があったら、それはわからない。気象は時事刻々と変化していきますから、シミュレーションが現実と合っているかどうかを検証するのに、ぽつんぽつんじゃ、ちょっと足りないんですよね。筑波山では上空の気象データを取り続けているので、シミュレーションの検証に使えるわけです。
もう一つは、斜面温暖帯※1とかサーマル※2とかを研究する時には、その場所の大気の状態がわかっていないと計算ができません。シミュレーションに初期条件を与えるのにも、筑波山の観測データを使っていますね。

 ※1斜面温暖帯:山の麓よりも山腹の方が、気温が高くなる現象。日下研究室では、斜面温暖帯の形成要因の解明を目指して、筑波山の斜面温暖帯の観測や数値シミュレーションを行っている。
※2サーマル:上昇気流の一つ。筑波山周辺では古くからサーマルが知られ、この上昇気流を利用したパラグライダーやハンググライダーのようなスカイスポーツが盛んに行われている。日下研究室では、サーマルの発生傾向や構造を解析している。

———— シミュレーション用のプログラムに観測データを初期値として入れて、シミュレーションを走らせる。それで出てきた結果も、観測データと合わせて検証する、ということですか?
そういうことですね。シミュレーションの結果が外れていっちゃうかもしれないですからね。初期条件は観測データを与えているけど、モデルは完璧じゃないから、時間とともに実際に起きている現象から外れていっちゃうかもしれない。間違ったモデル、間違ったデータで研究をしたら話にならないので、モデルが現状をちゃんと再現できているかどうか、観測値できちんと確認する必要があるんです。

2016年4月17-18日の筑波山頂の気温の推移:観測値

(図:2016年4月17-18日の筑波山頂の気温の推移, 観測値)

———— えーと・・・、観測データをもとにシミュレーションをしてみて、シミュレーション結果を観測データと照合して、結果が合っている・合っていないとなった時に、「研究」はどの部分になるのでしょう?
普通は、観測データをもとに、なぜ雪が降ったのかとか、なぜ斜面温暖帯ができたのか、を類推するけど、観測データは四次元的に密にはないですよね。四次元、ていうのは、空間三次元と時間変化なわけだけど。例えばゾンデなら、時間方向に1日2点しかない。アメダスのデータだと地上の点しかない。観測データは限定されるわけです。かなりね。その限られた観測だけからでは、大気の四次元的な構造を推定するのには限界がありますよね。パズルでいうなら、ポツ、ポツ、とピースがあって、そこから全体を類推するくらい難しい。
じゃあシミュレーションはどうかというと、シミュレーションだと四次元データを完全に取ることができるので、一見「パーフェクトだ!」という感じがします。けど、今度は「そのシミュレーション・四次元データは本当にあっているのか?」というのがあって、シミュレーションデータだけから「この時はこうだったから雪になった」と類推するのも危ないんですね。間違えるかもしれない。
だから、シミュレーションデータと観測データを合わせることで、シミュレーションで描いた全体像に観測の断片的な情報を照らし合わせて、断片的にあっているから、まぁ全体的にもあっているだろう、と判断する。そうして初めて、使える四次元データが出来上がるわけです。気象学の研究はここからが勝負ですよ。

———— え! ここからですか!
ここからです。観測データやシミュレーションデータが集まったところで、じゃあそれらのデータを詳しく分析してみましょう、なぜ雪が降ったのか? なぜ斜面温暖帯ができたのか? その要因は? となっていく。

———— 観測データがあって、シミュレーションができるようになったところで、例えば、「雪になる要因は湿度かもしれない」といって湿度の値を変えてシミュレーションしてみる、というようなこともするのでしょうか?
そうですね。あるいは、山をなくしてみるとか、都市化を進めてみるとか、ね。でも、そういう対照実験や比較実験をやるためにも、まず現状をちゃんと再現できている必要がある。あっていないモデルでシミュレーションをしても誰も信じられない。あっている、あっていないの判断は、やっぱり観測でしかできないですね。

雨になる? 雪になる? 関東地方の降雨降雪予測研究

———— 筑波山で観測している上空の気温データが首都圏の雨雪判断に大事、というお話があったのですが、山の上と下ではそんなに気温が違うのですか? 山の上は標高が高いから涼しい、とか・・・?
山の上の気温が低いというのはその通りなのですが、地上と同じような時間変化をしているかと言われると、必ずしもそうではありません。山頂の気温の変化と、地上の、例えば下妻市やつくば市の気温変化は、全然違う動きをすることがあります。
関東山地というのがあって・・・、これがすごく面白くて、まさに筑波山の観測データが必要な理由の一つなんですけど。関東平野があって、群馬、栃木、秩父とかの山々がありますよね。そうすると、山にブロックされて平野に冷気が溜まったりするんです。空気が冷たいので、暖かい空気が南風とか東風としてぶわーっと吹いてきたときに、冷気の上にふーっと、乗り上げるんですよ。そうすると、上の方は暖かくて下の方がかなり冷たい。そういうことが起きるんですね。

関東平野の大気構造のイメージ

(図:関東平野の大気構造のイメージ)

 筑波山は関東平野にぽつんとあります。筑波山の上の方は暖気で、つくば市は冷気に入っていたりする。筑波山の観測データを見ると、そういう大気の構造がわかります。これが結構重要で、地上だけ見ていると気温が低いから「雪だろうな」と思っても、割と上空は暖かくて雨になったりすることもあるんですよね。

———— 確かに。こんなに寒いのに、なんで雨なんだろう、ていう日ありますね。
ありますよね。なかなか複雑なことが起こるんですよ。太平洋側から暖かい空気が入ってきたときに、関東平野の中程で暖かい空気と冷たい空気の境目ができたりとかね。山側では雪が降っているけど、海よりでは雨とか。
関東平野に冷気が溜まっている状態のイメージ

(図:関東平野に冷気が溜まっている状態のイメージ)

 この研究は民間の気象会社である、株式会社ウェザーニューズと共同研究しています。ウェザーニューズとしては、最終的に関東の雨雪を精度よく当てたい。そのためには、数値予報モデルの精度を上げることも大事なんだけれど、どうして“ここ”では雪で、“こっち”は雨になるのか? どうしてここにラインができるのか? 時間とともに雪の分布が変化するのはなぜか? という基礎的なことを明らかにするのがやっぱり大事なんです。だから、研究室のシミュレーション技術とウェザーニューズに所属する気象予報士の方々の経験・知識を合わせて、降雨・降雪という現象を解明しようとしています。
この降雨降雪予測の研究には、WRF(領域気象モデル)という数値気象モデルを使っています。アメリカの米国大気研究センター(NCAR)と米国海洋大気庁予測センター(NCEP)で開発された数値モデルです。このモデルは並列計算に対応しているので、計算科学研究センターのスーパーコンピュータCOMAを使って計算(シミュレーション)をしています。さっき、山に遮られて関東平野に冷気が溜まるという話をしましたけど、山があることが冷気の溜まる要因の一つになっている、というのもWRFを使ったシミュレーションで比較実験をしてわかったことです。関東で雪の降るメカニズムはだいぶわかってきましたけど、基礎研究としてまだまだやることがありますね。

COMA

(写真:計算科学研究センターのスーパーコンピュータCOMA)

———— 筑波山の気象観測データが、まだまだ必要ということですね。
筑波山の観測データを使った研究は、他にもいろいろあります。サーマルや斜面温暖帯の研究にも使っているし、研究だけでなく、天気予報をする予報士の人たちが、シミュレーションによる数値予報と合わせて観測データを使っている。気候変動の研究者も、過去から現在までのデータを使ってます。
今までも、観測データはWebで一般公開していましたけど、これからはもう少しデータを見やすくしたいと思っています。TX(つくばエクスプレス)も通ったし、筑波山に行く方も増えているでしょうから、そういう人にも重要なデータになるはずですよね。これまで以上にデータを活用してもらえれば、と期待しています。

今回のポイント!

  • ・ 筑波山の気象観測データは、関東の雨雪予報(天気予報)、地球規模の気候変動研究、つくばや関東でおこる気象現象の解明に使われている
  • ・ 観測は精度を維持して続けることに意味がある
  • ・ 気象の研究では、シミュレーションモデルの妥当性の検証や、シミュレーションに初期条件を与えるために観測データが必須
  • ・ 気象データは公開しているので、一般の方にも活用してもらいたい!

関連リンク

筑波山プロジェクト
「筑波山神社と筑波大学計算科学研究センター、筑波山山頂で共同気象観測をスタート」