森 正夫 准教授
宇宙物理研究部門 
天文学は、人類が夜空を見上げ、「この宇宙はどのようにでき、私たちはどこから来たのか」と問いかけてきたところから発展してきた学問です。宇宙物理学は、その根源的な問いに、物理法則と観測、そして計算によって迫ろうとする研究分野だといえます。森先生は、特にアンドロメダ銀河のまわりに残された銀河衝突の痕跡に注目し、銀河がどのように成長してきたのか、またその進化に暗黒物質がどのように関わっているのかを、理論的に研究されています。
(2026.9.1 公開)
銀河は今も成長している
かつて、天の川銀河やアンドロメダ銀河のような大きな銀河は、すでに成長を終え、ゆっくりと時間を過ごしている存在だと考えられていました。しかし20世紀の終わりごろになると、銀河の遥か外側に広がる恒星の大規模構造が続々と発見され、近傍宇宙の研究者を興奮のるつぼに巻き込んだのです。な。精力的な研究の結果、天の川銀河やアンドロメダ銀河の周囲には、過去に小さな銀河が衝突し、壊れながら引き伸ばされたような光の筋が数多く存在することが分かってきました(図1)。

図1.アンドロメダ銀河の円盤(青色の楕円)と、その周辺で観測されている銀河衝突の痕跡。(出典:Kaneda et al, arXiv:2606.10859)
現在の標準的な宇宙論では、銀河は小さな銀河を取り込み、衝突や合体を繰り返しながらより大きな銀河へと成長していくと考えられています。これは遠い宇宙だけで起きている現象ではなく、私たちが住む天の川銀河や、その隣にあるアンドロメダ銀河でも現在進行形で起きている現象です。星の位置や運動を精密に測る宇宙望遠鏡の観測によって、天の川銀河にも、もともと別の小さな銀河に属していた星の集団が混ざっていることが分かってきました。銀河は完成した静かな天体ではなく、今もなお周囲の小さな銀河と相互作用しながらダイナミックに変化し続けているのです。
森先生の研究室では、特にアンドロメダ銀河の進化を大きな研究テーマの一つとしています。観測で見つかる暗い構造が、いつ、どのような質量を持つ銀河の衝突によって作られたのかを明らかにすることで、アンドロメダ銀河がたどってきた歴史を一つずつ読み解こうとしています。
スーパーコンピュータで銀河衝突を再現する
このような銀河衝突の歴史を調べるために、森先生は主にスーパーコンピュータを用いたN体シミュレーションを行っています。N体シミュレーションとは、星や暗黒物質を多数の粒子として表し、それぞれの粒子が互いに及ぼす重力を計算しながら、全体がどのように時間発展するかを追跡する方法です。個々の粒子同士にはたらく重力は、距離の2乗に反比例するというシンプルな法則で表せます。しかし、銀河を構成する星や暗黒物質の粒子の数は非常に多く、すべての相互作用をそのまま計算しようとすると、現在のスーパーコンピュータを使っても膨大な時間がかかってしまいます。そのため、精度を保ちながら計算を効率化する近似的な手法が重要になります。
たとえば、アンドロメダ銀河では、今からおよそ10億年前に小さな銀河が衝突した痕跡が残っていると考えられています。小さな銀河はアンドロメダ銀河の重力によって引き伸ばされ、星の細長い流れとして壊れていきます(図2)。また、その衝突は小さな銀河自身を壊すだけではなく、アンドロメダ銀河本体にも影響を与えます。池に石を投げると波紋が広がるように、銀河の円盤にも波のような構造が生じ、ガスが圧縮されることで新しい星の誕生につながる可能性があります。このような観測結果とシミュレーションを比較することで、過去の衝突の時期や軌道、衝突した銀河の性質を推定することができます。
図2. アンドロメダ銀河に小さな銀河が衝突し、壊されていく様子を示したN体シミュレーション。t=0.850Gyr(シミュレーション開始から8億5000万年後)では、丸い点や多角形で示された観測されている銀河衝突の痕跡を再現しており、概ね現在時刻に対応する。(提供:山口未沙)
銀河に残る“傷跡”から暗黒物質を探る
銀河の進化を考えるうえで、暗黒物質は欠かせない存在です。たとえば太陽は、天の川銀河の中心のまわりを秒速約220kmという非常に大きな速度で運動しています。この運動を支えるだけの重力を、観測できる星の質量だけで説明しようとすると、質量が大きく不足してしまいます。この矛盾を説明するために、光を出さず、電磁波とほとんど相互作用しない未知の物質、すなわち暗黒物質の存在が考えられています。
現在有力な候補の一つは、冷たい暗黒物質と呼ばれる仮説です。この仮説では、天の川銀河やアンドロメダ銀河の周囲には、小さな暗黒物質の塊が多数存在すると予言されます。暗黒物質そのものは光を出さないため直接見ることはできませんが、その塊にガスが集まり、星が生まれると、私たちはそれを小さな銀河として観測できます。しかし、観測で見つかっている小さな銀河の数は、理論が予測する暗黒物質の塊の数よりもかなり少ないことが分かっています。これは、多くの暗黒物質の塊が星をほとんど作らず、見えていないだけなのか、それとも冷たい暗黒物質の理論そのものに見直すべき点があるのか、未だによく分かっていません。このことは、冷たい暗黒物質をめぐる重要な課題の一つとなっています。
そこで森先生は、見えない暗黒物質の塊そのものではなく、その塊が周囲の星の構造に残す“傷跡”に注目しています。もし暗い暗黒物質の塊が、細長く星が分布する「ステラーストリーム」にぶつかれば、一本だった星の流れが裂けたり、形がゆがんだりするはずです。実際にアンドロメダ銀河周辺には、そのような構造を思わせる観測結果があり、理論計算によってそれを再現する研究が進められています(図3, 4)。どのくらいの質量を持つ暗黒物質の天体が、いつ、どの方向から衝突したのかを調べることができれば、銀河の歴史だけでなく、暗黒物質の性質の解明にもつながるかもしれません。

図3. アンドロメダ銀河のまわりで観測されたStream C、Stream Dという名の2本の細い星の流れ(A)と、暗い天体との相互作用で似た構造ができることを示すN体シミュレーション(B)。(出典:Kaneda et al., arXiv:2606.10859)

図4. 星の流れに暗黒物質の小さな塊が近づいたときのN体シミュレーション。時間が(a)、(b)、(c)、(d)、(e)、(f)と進むにつれて、一本の星の流れが乱され、複数の流れに分かれていく様子が示されている。黄色の点は暗黒物質の塊の位置。(出典:Kaneda et al, arXiv:2606.10859)
銀河の歴史から生命が存在できる場所を考える
今後、森先生が進めようとしている研究の一つに、銀河と生命の関わりがあります。生命を、複雑な化学反応を持続的に行うシステムと考えるなら、その材料となる炭素などの重い元素が必要になります。宇宙が誕生した直後には水素とヘリウムがほとんどでしたが、その後、星の中で重い元素が作られ、星の死とともに宇宙空間へ広がっていきました。つまり、生命が存在しうる場所を考えるには、銀河の中で元素がいつ、どこに、どれだけ増えてきたかを知ることが重要になります。
一方で、重い元素が多ければ多いほどよいというわけでもありません。元素が少なすぎれば複雑な化学反応を起こす材料が不足しますが、多すぎる場合には巨大惑星が形成されやすくなり、地球のような惑星の安定性に影響する可能性が指摘されています。森先生は、銀河の進化と元素の歴史を結びつけることで、生命が存在できる可能性の高い場所や時期を、銀河全体のスケールで考える「銀河ハビタブルゾーン」の研究にも取り組もうとしています。
宇宙物理学の研究は、すぐに生活を便利にするような技術とは結びつかないかもしれません。しかし、「宇宙はどのように成り立ち、私たちはどこから来たのか」という、多くの人が一度は抱く問いに向き合う学問です。森先生の研究は、アンドロメダ銀河に残されたかすかな構造を手がかりに、銀河の成長、暗黒物質、そして生命が存在できる環境までをつなげて考える、宇宙の歴史を読み解く試みなのです。
(文・広報サポーター 山口未沙)
