プレスリリース

[ウェブリリース]膜タンパク質に対して創薬シミュレーションを可能にする計算手法を開発

2023年3月22日
筑波大学 計算科学研究センター

概要

数億種類におよぶ医薬品の候補から効果が期待される化合物を選び出すために、コンピュータによるドッキングシミュレーションが活用されています。ドッキングシミュレーションでは化合物の形状を様々に変えながら、病気の原因となるタンパク質の表面を探索することで、化合物とタンパク質の結合のしやすさを評価することができます。私たちの細胞を覆っている細胞膜には、膜タンパク質と呼ばれるタンパク質が存在しています。これらは、細胞の内外に物質を運んだり、細胞外からのシグナルを受けとったりする役割を持ちます。例えば、痛みを誘発する物質や、がんの増殖を促すシグナルの受け取りにも膜タンパク質が関わります。膜タンパク質をターゲットとして医薬品を開発できれば、より有用な医薬品の開発に繋がります。ところが、通常のドッキングシミュレーションは膜タンパク質に対して正しい計算結果を出せないという問題がありました。本研究では、既存の評価値を補正することで、膜タンパク質に対しても効率の良いドッキングシミュレーションを行える手法を開発しました。

研究内容と成果

従来のドッキングシミュレーションでは、タンパク質は水に囲まれていると仮定して計算を行うため、膜タンパク質を正しく評価することができませんでした。実際の膜タンパク質は、脂質(油)からなる細胞膜に覆われており、水に囲まれているとする仮定とは周辺の環境が大きく異なります。そこで本研究では、細胞膜の存在を考慮して既存の評価値を補正する手法を考案しました。具体的には3つのステップにより計算を行います。まず、細胞膜を一切考慮せずに通常のドッキングシミュレーションを行います。次に、膜タンパク質がどのように膜に埋まっているのかを予測します。これらの情報をあわせることにより、タンパク質表面に貼り付いた化合物が細胞膜に埋まっている状態を判別することができます。最後に、化合物の性質と位置を考慮した補正値を得て、従来法のスコアを補正します。本研究の手法の性能を評価するため、複合体の構造が既知の化合物に対してドッキングシミュレーションを行ったところ、23種類の複合体のうち16複合体(69%)で従来法より正確なスコアを示すことに成功しました。また、補正値は極めて簡単に計算できるため、ドッキングシミュレーションの足を引っ張ることなく高速に計算を進められます。さらに、本研究で作製したプログラムはインターネット上に広く公開(https://github.com/riquri/LoCoMock)しており、基礎から応用まで様々な研究に活用できます。

今後の展開

本研究の手法は、膜タンパク質をターゲットとした医薬品開発への貢献が期待されます。また、使用実績のあるドッキングプログラムを変更する必要はなく、既存のスクリーニング手順に追加して組み込みやすい特徴があります。さらに、様々な膜タンパク質をターゲットとすることにより、基礎研究や創薬の適用範囲を大幅に拡大できます。今後の展開として、膜タンパク質の三次元的情報を考慮することで、さらに精度の高いドッキングプログラムへ発展させることも視野に入れ、研究を継続する予定です。

図1:創薬ターゲットとして重要な膜タンパク質に対するドッキングシミュレーションの課題
図2:本研究で開発した手法を用いた計算例。膜タンパク質を取り囲む細胞膜の存在を考慮してドッキングスコアを補正できる。

 

研究資金

本研究は、科研費(21K06094)、住友財団(基礎科学研究助成)、筑波大学計算科学研究センター学際共同利用プログラムによって実施されました。

 

掲載論文

【題 名】 Efficient Screening of Protein-Ligand Complexes in Lipid Bilayers Using LoCoMock Score
【著者名】 Rikuri Morita, Yasuteru Shigeta, Ryuhei Harada
【掲載誌】 Journal of Computer-Aided Molecular Design
【掲載日】 2023年3月21日
【DOI】     DOI: 10.1007/s10822-023-00502-8
https://doi.org/10.1007/s10822-023-00502-8

 

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