プレスリリース

[ウェブリリース]タンパク質の構造変化の違いが除草剤の効き目に関与する可能性を提案

2023年6月5日
筑波大学 計算科学研究センター

概要

雑草防除のために広く利用される除草剤の一つとして、4-ヒドロキシフェニルピルビン酸ジオキシゲナーゼ(HPPD)阻害型除草剤が知られています。HPPDの阻害剤結合部位は植物間でほとんど差が無いにも関わらず、一部の植物種のHPPDに対してはHPPD阻害型除草剤が結合しにくいことが知られています。このような結合活性の種差を生み出しているメカニズムを理解することは、新しい農薬を設計するうえで重要です。本研究では、分子動力学計算(MD)に基づく独自開発の構造変化抽出法(PaCS-MD法(注1)、OFLOOD法(注2))により、植物HPPDの構造変化(ダイナミクス)を抽出し、HPPD阻害型除草剤であるメソトリオンと植物HPPDの相互作用変化を評価しました。MDの計算結果を解析したところ、HPPDのC末端に存在するαヘリックス構造(α-Helix)の動きは、植物種によって異なることが明らかになり、α-Helixの動きの違いが植物種によるHPPD阻害型除草剤の効果の違いに関与することが示唆されました。

研究内容と成果

HPPD阻害型除草剤は広葉雑草であるシロイヌナズナのHPPDに対して強く結合する一方で、イネ科雑草であるエンバクのHPPDに対してはあまり強く結合しないことが知られています。HPPDの阻害剤結合部位の構造は植物間でほとんど差がなく、このような結合活性の差を生み出している要因は明らかになっていませんでした。本研究では、このような活性差の要因を明らかにするため、MDに基づきシロイヌナズナHPPDとエンバクHPPDの構造変化を調べました。計算結果を解析したところ、メソトリオンが結合していないアポ体では、シロイヌナズナHPPDの阻害剤結合部位は開いた状態にあるのに対し、エンバクHPPDの阻害剤結合部位はC末端に存在するα-Helixにより蓋をされた閉じた状態にあることを確認しました。つまり、メソトリオンはシロイヌナズナHPPDに対しては容易に結合できる一方で、エンバクHPPDには結合しにくいことが示唆されました。また、メソトリオンが結合した複合体では、シロイヌナズナHPPDの阻害剤結合部位はa-Helixにより蓋をされた閉じた状態にあるのに対し、エンバクHPPDの阻害剤結合部位は開いた状態にあることを確認しました。したがって、メソトリオンのシロイヌナズナHPPDからの解離は起こりにくい一方で、エンバクHPPDからの解離は起こりやすいことが示唆されました。以上の解析結果から、植物種によってα-Helixの動きが異なるため、HPPD阻害型除草剤のHPPDへの結合活性の植物種差が生じていると考えられます。

今後の展開

本研究結果から、HPPDのC末端に存在するα-Helixの動きを調節するような薬剤を設計することで、新しいHPPD阻害型除草剤の創出に繋がることが期待されます。また、本研究で実施した計算科学的アプローチは、独自開発の構造変化抽出法(PaCS-MD法、OFLOOD法)であり、従来のMDと比較して低い計算コストで効率的にタンパク質の構造変化を抽出できます。このため、生体機能と密接に関係しているタンパク質の構造変化を抽出し、構造変化と共役する相互作用を定量的に評価できます。今後の展開として、本アプローチを医農薬のさまざまな標的タンパク質に適用していくことで、医農薬設計の効率化に貢献することが期待されます。

参考図

図1:本研究で得られたHPPD阻害型除草剤の植物選択性メカニズム。植物種によってHPPDの構造変化(ダイナミクス)が異なるため、阻害剤のHPPDへの結合のしやすさ(親和性)が変化する。

用語解説

注1)PaCS-MD:短時間MDの実施と構造変化を引き起こす可能性の高い状態の選択とを繰り返すことで、効率よくタンパク質の構造変化を抽出する計算手法

注2)OFLOOD:短時間MDの実施と未知の状態(外れ値)の探索を繰り返すことで、効率的にタンパク質がとりえる構造を探索する計算手法

研究資金

本研究は、生命金属科学(22H04800)、CREST自在配列(JPMJCR20B3)および筑波大学計算科学研究センター学際共同利用プログラムによって実施されました。

掲載論文

【題 名】 Determination of the Association between Mesotrione Sensitivity and Conformational Change of 4-Hydroxyphenylpyruvate Dioxygenase via Free-Energy Analyses
【著者名】 Yohei Munei, Kowit Hengphasatporn, Yuta Hori, Ryuhei Harada, Yasuteru Shigeta
【掲載誌】 Journal of Agricultural and Food Chemistry
【掲載日】 2023年6月5日
【DOI】 DOI: 10.1021/acs.jafc.3c01253
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jafc.3c01253

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