プレスリリース

高温超伝導現象を説明する新しい理論を提案-BCS理論を超える標準理論となるか

ウエブリリース

2014年12月2日

国立大学法人筑波大学計算科学研究センター
国立大学法人東北大学大学院理学研究科

高温超伝導現象を説明する新しい理論を提案-BCS理論を超える標準理論となるか

概要

筑波大学計算科学研究センターの小泉裕康准教授と東北大学大学院理学研究科の立木 昌客員研究員(同大 名誉教授)は、高温超伝導現象を説明するための新しい理論を提案しました。これまで、超伝導現象の標準理論とされてきたのは1957年に発表されたBCS理論※1です。この理論は、およそ30~40K(-243~-233℃)以下の超伝導現象の説明に成功を収めてきました。しかし、液体窒素温度を超える高温領域で超伝導を示す銅酸化物が発見されたことで、BCS理論には限界があると認識されてきました。

この度、小泉准教授らはBCS理論に基づく交流ジョセフソン効果の予言と実験との間に矛盾があることを見いだしました。そして、銅酸化物超伝導を説明するために同准教授が2011年に提案した「スピン渦誘起ループ電流による超伝導理論」が、その矛盾を解消することを示しました。これは、「スピン渦誘起ループ電流による超伝導理論」が銅酸化物超伝導を説明するに留まらず、BCS理論を超える新しい超伝導の標準理論となる可能性を示しています。新しい理論は、金属以外の物質でも超伝導現象が起こることを予言するため、超伝導の新たな地平が広がることが期待されます。

この研究成果は、11月21日、学術誌Journal of Superconductivity and Novel Magnetismウエブ版で発表されました。

背景

(1) 銅酸化物超伝導

1986年にベドノルツとミューラーにより銅酸化物で超伝導現象が発見されると、これまで30~40K(-243~-233℃)以下に止まっていた超伝導転移温度の記録が急速に上昇し始めました。そして、液体窒素温度を超える超伝導転移温度(約-200℃以上)を持つ高温超伝導体の発見に至りました。ベドノルツとミューラーは、銅酸化物超伝導体の発見により、わずか1年後の1987年にノーベル物理学賞を受賞しています。

銅酸化物超伝導体は、現在の超伝導の標準理論であるBCS理論では説明できない超伝導体であることがわかっています。その超伝導機構は、発見から28年経った現在でも解明されていません。銅酸化物超伝導体の発見は、BCS理論の基礎を含め、超伝導現象ならびに電気伝導現象に新たな理論の構築を迫る転機となりました。

(2) 交流ジョセフソン効果

超伝導体は、電気抵抗ゼロで電流を流すことができる特徴のほかに、巨視的な量子現象という側面があります。巨視的とは、量子力学的な効果が原子よりも大きなスケールで生じており、その量子状態を記述する波動関数の効果が大きなスケールで観測されることを意味します。これを利用すると、微弱な磁場の測定、電圧の高精度測定、量子コンピューターの量子ビットとして応用などが可能となります。

超伝導体が示す巨視的な量子現象に「ジョセフソン効果※2」があります。これは2つの超伝導体の間に非常に薄い非超伝導体を挟んだジョセフソン接合が示す効果です(図1)。ジョセフソン効果には、直流効果、交流効果、磁場効果の3つがあります。

図1. ジョセフソン接合の模式図。2つの超伝導体SLとSRが非超伝導体Iで挟まれている。矢印は電流の向き、Vは電圧計。

交流ジョセフソン効果は、ジョセフソン接合間に電圧Vが現れたときに起こる現象です。英物理学者ブライアン・ジョセフソンは、このとき「ジョセフソン接合間に電圧Vを与えると、振動数2eV/hヘルツの交流が流れる」と予言しました。eは電子の電荷(約1.6×10−19 C)、hはプランク定数(約6.6×10−34 Js)です。この予言は、BCS理論に基づいています。BCS理論は、金属中の自由電子がクーパー対という電子2個の集団になることによって超伝導が生じるとする理論です。

ジョセフソンは、ジョセフソン接合の2つの超伝導体間をクーパー対が行き来するとして、振動数2eV/hを導きました。式中の2eは、クーパー対が電子2個からなり、電荷 —2eを持つことによります。この予言は、実験的には「ジョセフソン接合に直流を流した状態で振動数2eV/hの電場を与えると、ジョセフソン接合間に電圧Vが現れる」ことで実証されたと考えられていました。また、直流を流したとき自発的に振動数2eV/hヘルツを持つ電磁波が放出され、そのときジョセフソン接合間に電圧Vが生じる現象も確認されています。

しかし、小泉准教授が現在までの実験結果を調べてみると、驚くことがわかりました。ジョセフソンの予言「ジョセフソン接合間に電圧Vを与えると、振動数2eV/hヘルツの交流が流れる」現象は、実験的には検証されていませんでした。実験結果は、「ジョセフソン接合の非超伝導体部分に振動数2eV/hヘルツの電場が存在すると、接合間に電圧Vが発生する」ことを示していただけなのです。
ジョセフソン接合を流れる電流は常に直流です。超伝導や固体物理の代表的な教科書に、あたかも接合に交流が流れているとする記述がしばしば見かけられますが、それはジョセフソンの予言であって、実験で検証された事実ではなかったのです。

2.研究結果

ジョセフソンは、交流ジョセフソン効果を理論的に予言するにあたり、ジョセフソン接合にある2つの超伝導体を行き来する電流のみを考慮しました(図1で非超伝導体Iを通した電流の影響のみを考えたことに相当する)。超伝導体は、巨視的量子現象として巨視的な波動関数を持ちます。波動関数とは、量子状態を記述する複素関数で、大きさと位相を持ちます。ジョセフソン接合を電流が流れるためには、2つの超伝導体間の巨視的な波動関数に位相差があることが必要です。ジョセフソンの理論的予言では、その位相差を非超伝導体部分に存在する電場のみから計算しています。一方、実際の振動数2eV/h測定実験は、ジョセフソン接合に外部から直流電流が供給されている状況で行われます。この場合、巨視的な波動関数の位相差には、外部から供給される電流の影響も加わることになります。

そこで小泉准教授らは、外部からの直流電流の供給の効果を取り入れた計算を行いました(図2)。そして、実験で観測された振動数2eV/hは「超伝導電流を担う荷電粒子の電荷は-eであることを示す」という結論を得ました。これは、ジョセフソンの予言「超伝導電流を担う荷電粒子の電荷は-2e」と矛盾します。また、振動数2eV/hの交流が観測されない理由も、超伝導体内を流れる超伝導電流は常に直流であるためと説明できました。

図2.交流ジョセフソン接合のモデル。2つの超伝導体SLとSRが非超伝導体Iで挟まれている。SLに接合する端子LLからの直流電流の流入と、SRに接合するLRからの直流電流の流出、SLとSR間を流れる超伝導電流の影響を取り入れている。赤矢印は外部からの直流電流、黒矢印は超伝導電流。Vは電圧計、右のIは電流計。

3.今後の期待

今回の研究結果は、現在の超伝導理論の標準理論であるBCS理論に大きな修正を求めるものです。また、銅酸化物超伝導を説明するために小泉准教授らが提出した「スピン渦誘起ループ電流による超伝導理論」が、今回の研究結果と矛盾のない超伝導電流生成機構を与えることが証明されています。このことは、「スピン渦誘起ループ電流による超伝導理論」は、銅酸化物超伝導を説明するだけでなく、BCS理論を超える新しい超伝導標準理論となる可能性があることを示しています。この理論は、金属以外の物質でも超伝導が起こることを予言します。つまり、超伝導現象は金属以外の物質でも起こる非常に普遍的な現象であることを示しています。今回の研究結果は、銅酸化物よりも高い超伝導転移温度をもつ物質の開発に道を拓くかもしれません。

掲載論文

Hiroyasu Koizumi, Masashi Tachiki, “Supercurrent Generation by Spin-twisting Itinerant Motion of Electrons: Re-derivation of the ac Josephson Effect Including the Current Flow Through the Leads Connected to Josephson Junction’’ Journal of Superconductivity and Novel Magnetism, Nov., 2014

用語解説

※1 BCS理論
1957年に、バーディーン、クーパー、シュリーファーの3人によって提出され、超伝導に関する多くの現象を説明しました。3人はこの業績により、1972年ノーベル物理学賞を受賞しています。

※2 ジョセフソン効果
英物理学者ブライアン・ジョセフソンが1962年に理論的に予言、1973年にノーベル物理学賞を受賞しました。

問い合わせ先

小泉裕康(こいずみ・ひろやす)
筑波大学 数理物質系/計算科学研究センター 准教授
E-mail:koizumi.hiroyasu.fn [at] u.tsukuba.ac.jp

報道担当:
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