研究Topics

計算機の顕微鏡で生体分子の「形」と「動き」を解き明かす

harada

原田 隆平 准教授

生命科学研究部門 生命機能情報分野

生体内では、タンパク質や核酸のような生体分子が様々に形を変えながら機能しています。原田准教授は、こうした生体分子の形や動きをシミュレーションするために、効率の良い計算手法の開発研究を行っています。

(2020.11.4 公開)

 

計算機の“顕微鏡”で見える世界

生体内では様々な生体分子が機能しています。生体分子を構成している原子は絶えず振動していて、静電気力や化学結合といった周囲の原子や分子との間に働く力によって相互に作用し、時に構造の変化が起こります。原子の振動はフェムト秒(1000兆分の1秒、フェムトは10の-15乗)のスケールで起きていますが、タンパク質が機能するための構造の変化にはマイクロ秒(100万分の1秒、マイクロは10の-6乗)以上もの時間がかかります。このような原子・分子にとってとても長い時間がかかる現象のことを、「レアイベント」と呼びます。

タンパク質の構造を解明するためには、タンパク質の結晶をX線で観察するX線結晶解析などの方法が使われています。しかしこうした実験的手法では、実際の生体内部での構造変化をリアルタイムに観測することはできません。そこで、実際に構造がどのように変化していくのかを調べるために用いられている方法が、分子動力学シミュレーション(molecular dynamics: MD)です。

MDでは、まず調べたい構造の最初の状態として原子・分子の位置を設定し、それぞれの原子・分子が周辺の原子・分子からどのような力を受けるのか、その結果、どのように運動するのかを計算します。これを繰り返すことで、パラパラ漫画のように分子が動いていく様子を調べることができます(図1)。まさに、計算することで分子の動きを見る“顕微鏡”です。

(図1:一コマが1000兆分の1秒のパラパラ漫画のイメージ。分子の構造が少しずつ変化していく様子を計算で解析する。)

 

MDでは、全ての原子・分子について計算を行う必要があります。当然、調べたい分子の大きさが大きくなって原子数が増えるほど、また、調べたい時間が長くなるほど、計算量や計算にかかる時間は膨大になります。実際にスーパーコンピュータの計算性能があっても、マイクロ秒以上かかるようなレアイベントを一度に計算するのはとても困難です。

そこで、原田准教授は新しい計算手法を考案しました。

 

まれにしか起こらない “レアイベント” を捉えるために

レアイベントは確率的に起こります。シミュレーションで扱う時間を長くしても起きないこともあれば、時間が短くても起きる場合もある、という点に原田准教授は着目しました。

そこで、ピコ秒(1兆分の1秒、ピコは10の-12乗)という非常に短い時間についてのシミュレーションを同時にたくさん、いろいろな条件で動かし、その中でより目的のものに近づいた結果を次のシミュレーションの初期値として、もう一度いろいろな条件で計算をする、というセットを繰り返す方法を開発しました(図2)。こうすることで、計算によるレアイベントの検出にかかる時間を1,000倍以上短くすることが可能になりました。

(図2:たくさんのシミュレーション結果から、より良いものを選んで次のシミュレーションを実行することで、レアイベント抽出の効率を上げることに成功。tは時間を示す添字。)

この計算方法のポイントは、同時にたくさんの同じような計算をするところにあります。こうした計算は並列型のスーパーコンピュータの得意分野です。原田准教授はCygnusなどのスーパーコンピュータを使いながら、着目する生体分子の状況や特性に合わせたいろいろな種類の計算手法を開発し、アプリケーションを進めています。

 

これまでの研究では、計算の効率を格段にあげることに成功してきました。これからは、使う人のニーズに応えながら、より使いやすいアプリケーションとして公開していくための研究を進めてく段階です。

今は、分子の形が目的のものに近付いたかどうかを判定する指標である「反応座標(注1」を、使う人が経験的に決めるしかありません。人が決めることで恣意的になり、エラーや人による違いも出てしまいます。最適な反応座標を自動的に決めることができれば、「完全な構造変化の予測」に繋がるはずです。

恣意性が入らない完全な構造変化の予測、それが原田准教授の目指す究極のシミュレーションの形です。研究室では、次のステップに向けた研究が始められています。

 


【用語】

1)反応座標:生体分子の構造変化を特徴付ける物理変数で、分子間の距離や結合角度などの情報が使われる。どのような要素を反応座標として用いるのが最適かは取り扱う生体分子によって異なる。

 

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