宮城 宇志 助教

原子核物理研究部門
鉄よりも原子番号が小さい(軽い)元素は、宇宙の恒星内部という超高温高圧な環境において作られたというのが現在の見解です。しかし、鉄よりも原子番号が大きい(重い)、かつ自然界に普通に存在するような元素(ウランや鉛など)に関しては、その起源が未だによく分かっていません。宮城先生は、このような鉄よりも重い元素の形成過程を第一原理計算(*1)によって研究している、原子核物理学分野の理論研究者です。
(2026.4.27 公開)
鉄より重い元素はどう生まれたか? その検証の難しさ
鉄より重い元素の起源については、中性子がたくさんある環境(*2)で作られるという仮説があります。そこでは原子核に中性子が次々と結合していき、いったん中性子が過剰な原子核になった後にベータ崩壊(*3)が始まり、最終的に中性子数や陽子数(原子番号)が魔法数(*4)となるような、鉄より重い安定な元素が形成されると考えられています。この仮説を検証するには、ベータ崩壊を起こすのに必要なエネルギーや、ベータ崩壊の半減期(*5)を求めることが重要ですが、そのためには加速器による実験や高精度な計算が必要となります。
しかし、中性子がたくさんある環境を用意することはとても難しく、また陽子数Zよりも中性子数Nの方が大きい原子核になるほど、実験で作ることが困難となります(特に質量数(Z + N)が小さい領域ではN/Zが1に近いほど天然に存在しやすい)。そのような原子核は実験値がないものが多く、実験値がある原子核から得られた知見を応用して経験的なモデルを構築することで補われてきました。しかし、実験値がない原子核では異なる理論モデルを使うと結果が同じにならず、 “何を信じればよいか分からない” という状況が起きていました。宮城先生は、「このような理論の不定性を評価するには第一原理計算が必要だ」と考え、特に実験が難しい、鉄より重く、中性子が過剰な原子核について第一原理計算を行うことで、ベータ崩壊のエネルギーや半減期の理論値を導出するという研究を行っています。
第一原理計算で探る中性子過剰な原子核のベータ崩壊
原子核は陽子や中性子という多数の核子から成り立っています。そのふるまいを正確に記述するためには、「量子多体問題」を解く必要があります。しかしこれを素直に解こうとすると、鉄より軽い元素でさえ、現在のスーパーコンピュータが扱える行列計算の限界(1010-1012次元)を超える巨大なハミルトニアン(*6)の行列計算が必要です。鉄より重い元素では問題はさらに大きくなり、巨大な行列を対角化(*7)して力尽くで解く方法は現実的ではありません。そこで、既存の力尽くの対角化計算では配位を考える空間がそもそも大きすぎると考えた宮城先生は、それを何とか小さくしようと次のように考えました。
「原子核の深いところ(コア)にある核子は強い核力によって束縛されているため、より高エネルギーな外側の軌道に遷移する可能性は低い。さらに、低エネルギー状態の原子核とは関係ないほど外側のかなり高エネルギーな軌道にある核子(その他)も重要ではない。つまり、原子核の状態を記述するにあたって本質的に重要なのは、バレンスと呼ばれる軌道にある核子の状態のみになる(図1)。」
このアイディアが元となり、宮城先生は相似くりこみ群法(Valence-space In-medium similarity renormalization group, VS-IMSRG)という近似の方法について研究しています。この考え方に基づいて近似的なユニタリ変換(*8)を構築することで、膨大なハミルトニアンの次元を減らし、計算可能な次元数のハミルトニアンの行列を新たに生成できます(図1)。この新たなハミルトニアンの行列は固有値が少なくなるため、元のハミルトニアンの行列と完全に等価ではありません。そこで、他の計算手法や一部の存在している実験値と比較したところ、基底状態付近の原子核の状態については、宮城先生の提案手法と、その他の手法や実験値で結果が一致することがわかりました(図2)。鉄より重い元素を扱う際にも、基底状態付近の原子核に着目します。そのため、この提案手法が鉄より重い元素の起源を検証する際にも有効であることが期待できます。
図1. 相似くりこみ群法の模式図。通常の解き方(左側)では、「コア」、「バレンス」、「その他」をすべて考慮して直接対角化をする必要がありこれは大変である。相似くりこみ群の方法(右側)では近似的なユニタリ変換でバレンス以外を分離して、バレンスの中だけで対角化を実行できる。
図2. 酸素同位体の基底状態エネルギー。横軸が質量数(A=Z+N)、縦軸が基底状態エネルギー。バーが実験値、それぞれのシンボルは、量子多体問題の各計算手法による結果を表す。バーと全てのシンボルが大体一致していることから、宮城先生が用いるVS-IMSRGを含め、どの計算方法でも問題をそれなりに正確に解けていることが分かる。H. Hergert, Front. Phys. 8, (2020)より引用。
図3は、相似くりこみ群法による中性子過剰な原子核のベータ崩壊の半減期の計算結果を示しています。赤のシンボルは、青のシンボルの計算に最近重要だと分かった成分を加えて計算した結果ですが、青よりも2倍程度半減期が伸びて、より実験値(白い四角のシンボル)に近くなったことが分かります。一方、紫のシンボルは赤の結果と少し異なっています。紫は赤とは別の核力パラメータセットによる結果で、行っている計算自体は同じなので、第一原理計算の枠組みが正しければ紫と赤は一致してほしかったところです。紫と赤にズレがあるということは、核力の不定性を過大評価していそうであり、ベータ崩壊を記述するのにより適した核力を探していく必要があるかもしれません。
この研究はドイツのダルムシュタット工科大学との共同で行われました。また、数値計算には筑波大学計算科学研究センターのスーパーコンピュータも使用されました。
図3. 中性子数を固定した際(N = 50)の、陽子数Z(横軸)ごとのベータ崩壊の半減期の計算結果。Experiments が実験値、それ以外のシンボルが相似くりこみ群法で計算した際の理論値。Z. Li, T. Miyagi, and A. Schwenk, arXiv:2509.06812 (accepted in Phys. Rev. Lett.)より引用。
原子核物理学分野の研究の社会への広がり
原子核の形成メカニズムの解明は、自然界の成り立ちを追求する自然科学においてはもちろんのこと、社会的にも重要です。例えば、エネルギー確保の新たな選択肢として核融合発電が期待されていますが、核融合の基礎研究には原子核物理の知見が不可欠です。また、原子力発電所から生み出される放射性廃棄物は、鉄より重い元素です。放射性廃棄物の処理に必要な技術開発においても、このような基礎研究が活用されます。他にも、原子番号が100を超えるような重い原子において、希ガスのような安定な原子が存在するかを理解することは、化学にも関わってきます。さらに、現在急速に発達している量子コンピュータの分野では、自由度が多く難しい原子核物理の現象を解くことが、性能テストや性能のベンチマークとして考えられています。このように、原子核物理学分野の研究は、元素や宇宙の成り立ちを理解するだけのものではありません。エネルギー問題や新しい計算技術など、さまざまな分野の発展にもつながる可能性を秘めています。原子核の世界を探る研究は、未来の科学や技術を切り開く手がかりにもなっているのです。
用語解説
- 第一原理計算:実験等で得られる経験的な推測は用いずに、物理学の基礎理論(この場合は核力の理論)に基づいてなるべく精密に数値計算を行うこと。
- 中性子がたくさんある環境:中性子星(ある程度重たい恒星の死後に残る、高密度に中性子が集まることで支えられている天体)同士の合体現場などいくつか候補はあるが、現在も研究が進められている。
- ベータ崩壊:1つの中性子が、陽子、電子、反電子ニュートリノの3つへと分裂する反応。これにより、中性子が陽子に変化する。
- 魔法数:原子でいうところの希ガスと同様、特定のZ やNの原子核はその他の原子核よりも安定になることが知られています。この時のZ やNの値を魔法数と言います。原子核での魔法数は,2、8、20、28、50などが知られています。
- ベータ崩壊の半減期:重たい星が死ぬ際に起こす超新星爆発(Ⅱ型超新星爆発)や中性子星同士の合体では、r過程と呼ばれる、原子核の中性子捕獲がベータ崩壊よりも速く進むことで鉄より重い元素を合成する反応が起こる。ベータ崩壊の半減期は、このr過程をシミュレーションする際の入力パラメータとして必要となる。
- ハミルトニアン:量子力学において系の全エネルギーを与える量で、原子核のエネルギーや状態を計算するために用いられる。
- 対角化:正方行列(行の数と列の数が等しい行列)を、対角成分以外が全て0である対角行列に変換すること。
- ユニタリ変換:いくつかの数学的な性質を満たす変換で,例えば、ぐちゃぐちゃのルービックキューブの色を揃えるような操作などがある。また,ハミルトニアン行列の対角化も一つのユニタリ変換と見なすことができる。
(文・広報サポーター 山口未沙)
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