庄司 光男 教授
生命科学研究部門 生命機能情報分野
庄司先生は、生命科学研究部門の研究者です。生体内で特に重要なはたらきを担うタンパク質や核酸に注目し、生命の根本原理を探求しています。最近の興味の対象は、多くの謎に包まれている“生命の起源”。その謎のひとつを世界で初めて解き明かしました。
(2023.12.15 公開)
生命の起源は宇宙にあり
タンパク質は生物を構成する重要な分子であり、20種類のアミノ酸の組み合わせで作られています。このうち19種類のアミノ酸は、鏡で写した分子とはそっくりだけれども決して重なることのない鏡像異性体(L体・D体)を持つキラル分子1)です。実験室で合成するとL体とD体は等量ずつ生成されますが、生体内ではL体のみが選択的に使われています。どうしてL体のみが使われるようになったのかについては、これまで解明されていませんでした。
この問題を解決する仮説のひとつに、宇宙起源説があります。一部の隕石からL体アミノ酸が過剰に検出されていることから、宇宙ではL体アミノ酸の方が生成しやすい環境が整っていると考えられます。もし、地球上のアミノ酸が隕石によってもたらされたものだとすれば、地球上の生物がL体アミノ酸で作られていることも不思議ではありません。
では、本当に宇宙でL体アミノ酸が過剰にされるのでしょうか? その要因として、円偏光2)によりD体アミノ酸の選択的分解が寄与するのではないか、と以前から提唱されていました。しかしながら、19種類のアミノ酸に共通してD体が分解される波長帯の光や分子機構は特定されていませんでした。それを世界で初めて明らかにしたのが庄司先生です。
インスピレーションは宇宙物理学者からのある情報
庄司先生のグループでは、様々な種類のアミノ酸に対して光吸収特性を計算科学的に調べる数値実験を行いました。しかし、多くのアミノ酸に共通してL体過剰をもたらす波長帯を見つけることはなかなかできませんでした。同じ計算科学研究センターに所属する宇宙物理学者の梅村 雅之 名誉教授に相談したところ、銀河形成初期には“ライマンアルファ輝線”という光が強く放出されることを教えてもらったといいます。そしてついに、アミノ酸が合成される途中段階の分子(アミノ酸前駆体)のひとつである“アミノニトリル”に、この“ライマンアルファ輝線”が当たったときに、すべてのアミノ酸前駆体でL体過剰になることを突き止めました。
以上のL体アミノ酸過剰が宇宙で生成され、地球にもたらされるまでの一連のメカニズムは、図1にまとめてあります。
図1:L体アミノ酸過剰生成メカニズムの概略図。① 銀河中心から円偏光化されたライマンアルファ輝線が放射される。② ダスト粒子表面に存在するアミノニトリルにライマンアルファ輝線が当たることにより、D体アミノニトリルが選択的に分解され、L体の比率が高くなる。③ ダスト粒子が集積して小惑星になると、星の中心で核融合反応が進み、表面温度が上昇する。すると、小惑星表面にあるアミノニトリルはL体過剰の状態を保ったままアミノ酸に加水分解される。④ 小惑星間の衝突により生じた断片は、隕石として地球に落下する。隕石中にはL体過剰アミノ酸が保存されており、原始地球にL体過剰アミノ酸がもたらされる。
生命誕生までには長いステップがあります(図2)。今回、庄司先生が解明したメカニズムは、生命誕生の2段階目です。そこから先の段階については、まだ何も分かっていません。「生命誕生に至る全分子機構を解明する」という決意を胸に、今日も庄司先生はデスクに向かいます。
図2:生命誕生への階段。無機物から細胞が作られるまでには、全部で12ステップ存在する。「生体構成要素分子の生成と濃縮」→「ホモキラリティ」→ ・・・ →「DNA・RNA生成」と続き、最後には「細胞内での協調的動作」という壁が立ちはだかっている。
(文・広報サポーター 松山理歩)
用語
- キラル分子:自分自身とそれを鏡で映した分子(鏡像体)を重ね合わせることができない分子。キラル分子は右手と左手のような関係にある。
- 円偏光:光は電磁波の一種であり、互いに直交する電場と磁場が振動しながら空間を伝播する。電場(磁場)振動方向が回転している光を円偏光という。
さらに詳しく知りたい人へ
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アミノ酸のホモキラリティ獲得の分子機構を解明〜量子化学計算で生命の起源を探る〜(2023年3月28日プレスリリース)
- #036 地球上の生命はどこからやってきた? 計算で解き明かすアミノ酸と銀河形成の関係(筑波大学ポッドキャスト)