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吉川耕司准教授らの2021年ACM Gordon Bell Prize ファイナリスト選出に寄せて

令和4年1月7日
計算科学研究センター・センター長 朴泰祐

我々,筑波大学計算科学研究センター(以下,CCS)はACM Gordon Bell Prize(ゴードン・ベル賞 以下,GBP)に関し長い歴史を持っています。最も古くは1996年,CCSの前身である計算物理学研究センターが日立製作所と共同で開発したCP-PACSを用い,素粒子物理学のQCD計算でGBPに初チャレンジしました。CP-PACSはその年の11月のTOP500リストにおいて世界第一位にランクされましたが,残念ながらGBPの方はファイナリストに残ることができませんでした。

その後,2011年にスーパーコンピュータ「京」のフルシステムの完成を前に,CCSと理化学研究所・計算科学研究機構(現在の理化学研究所・計算科学研究センターR-CCSの前身)との間で,「京」の上での大規模計算科学アプリケーション開発の共同研究が行われ,その中の一つとして物性第一原理計算であるRSDFT (Real Space Density Function Theory)アプリケーションの開発を行いました。このコードは元々,CCSの押山淳教授・岩田潤一研究員を中心とする物性研究チームと,朴泰祐教授・高橋大介准教授・辻美和子研究員を中心とする高性能計算研究チームの協力の下,T2K-Tsukubaを対象に開発されたものでしたが,「京」に移植するにあたり,前人未到の10万原子問題にチャレンジし, 2011年のGBPのファイナリストに選出,そして受賞者となりました。これに続き,2012年には石山智明研究員が中心となり,「京」を用いたダークマターの重力計算ツリーアルゴリズムを用いた実装により,再びGBPのファイナリストに選出され受賞者となりました。2011年の受賞では「京」は世界最高性能システムとしてTOP500で1位となっていましたが,2012年には「京」の約2倍のピーク性能を持つ米国Lawrence Livermore National LaboratoryのSequoia (IBM BG/Q)上で同種のアプリケーションがやはりGBPのファイナリストに選出されていました。しかし,「京」における石山研究員らの実装の効率が非常に高く,計算上の工夫も優れていたことが評価され,受賞につながりました。(※文中の所属・肩書きは当時のものです)

このように,CCSでは2011年と2012年の2年連続でGBPのファイナリスト選出及び受賞者となった実績があります。なお,国内の他の研究機関で,「京」を保有している理化学研究所を除き,2度のGBP受賞者となった研究機関はCCSだけです(honorable mentionなどを除く)。このことは強力な研究体制,計算科学と計算機科学の両分野の研究者の密な共同研究に基づくcodesign(コデザイン)能力,世界トップクラスのスーパーコンピュータの特性を知り抜いた研究者集団という,CCSの研究力が存分に発揮された結果です。

2021年,宇宙物理学研究部門の吉川耕司准教授・京都大学の田中賢研究員・東京大学の吉田直紀教授のグループによるスーパーコンピュータ「富岳」を用いた6次元Vlasov方程式の求解による宇宙ニュートリノ数値シミュレーションがGBPにチャレンジし,CCSとしては9年ぶりにファイナリストに選出されました。残念ながら受賞者には選ばれませんでしたが,特筆すべきは「富岳」が2021年時点でも世界最高性能計算機としてTOP500リストにランクされている状況で,この研究が唯一GBPファイナリストに選ばれたという点です。2021年は「富岳」登場の前に世界最高性能計算機であったOak Ridge National LaboratoryのSummitや,中国の最新システム new Sunway Supercomputerなどが登場しており,GBPの競争も熾烈なものでした。その中で,吉川准教授らの研究が「富岳」を用いてファイナリストに残ったことはCCSとしての大きな成果であると言えます。このコードは「富岳」の特徴であるArmアーキテクチャに基づくSVE (Scalable Vector Extension)命令セット,メモリの特性,Tofu-Dネットワークなどを最大限に利用し,高い効率の演算と世界最大規模のVlasovシミュレーションを実現したものであり,CCSの宇宙物理研究部門及び吉川准教授の長年の経験と,計算科学に対する地道な研究の結果であります。

CCSでは,今後もACM GBPに限らず,あらゆる高性能計算と計算科学の成果に対するチャレンジを続けていきます。

 


関連動画:『ゴードン・ベル賞ファイナリストに聞きました!「富岳」を用いた宇宙ニュートリノの数値シミュレーション。』(企画・制作 一般財団法人 高度情報科学技術研究機構)

関連動画:『富岳を用いた宇宙ニュートリノの数値シミュレーション | 筑波大学計算科学研究センター』(製作 筑波大学計算科学研究センター 吉川耕司准教授)